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ビアジャーナリストが語る。クラフトビールの潮流といま飲むべき72本

いま、クラフトビールブームが再燃している。クラフトビールをめぐる世界の潮流やいまのトレンドはどうなっているのか?ビアジャーナリストとして、ビール界の動きをウォッチしてきた田嶋伸浩さん、コウゴアヤコさん、木暮亮さんの3人に語ってもらった。

photo: Keiko Nakajima / edit: Ai Sakamoto

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田嶋伸浩

そもそも「クラフトビール」という言葉自体は1980年代にアメリカで作られたものなんですよ。つまり、クラフトビールの潮流を作っているのはアメリカ。定義はいろいろと議論されていますが、大手ビール会社へのカウンターカルチャーとして生まれたため、小規模生産であることや大手資本から独立していることが基本的な条件と言えるでしょう。

コウゴアヤコ

自宅でビールを造るホームブルワリーや小さな醸造所は、ヨーロッパには昔から各地にありました。古い歴史を持つものも多いですね。土地ごとに愛されているビールがあって、初めてドイツを訪れたときは軽いカルチャーショックを受けたほど。

木暮亮

アメリカでもホームブルーイングは盛んです。そこから人気を集めたものがマイクロブルワリーとして起業し、いまでは約9500軒もあるとか。規模としては日本の大手ビール会社くらいまで大きく成長しているブルワリーも出てきています。

田嶋

ヨーロッパからの移民が故郷のビールを造ろうとしたけど、水が違うから同じものができず、仕方なくアレンジするようになったといわれています。その最たるものが、アメリカ生まれのバレルエイジドビール。ほかにも、水質に合ったペールエールやIPAが人気になった。

木暮

IPA自体は、大航海時代にイギリスから植民地であるインドにビールを運ぶ際、防腐剤としてホップを通常の倍量入れたことが始まりだけど、アメリカはそれをフレーバーとして捉えた。ウェストコーストを代表するスタイルとして知られています。

コウゴ

人々がホップの魅力に気づいたきっかけは、カスケードホップの流布だと私は考えています。1972年に初めて使われたアメリカンホップですが、柑橘系の香りと苦味のインパクトが絶大で、2000年頃には多くの醸造所で使われるように。

田嶋

1980年にできたスーパーマーケット〈ホール・フーズ・マーケット〉がアメリカ全土に広がったことも、クラフトビールが盛り上がった要因だと思います。地産地消を推奨していて、大手の商品ではなくクラフトビールをたくさん扱っているんですよ。

コウゴ

ファーマーズマーケットのように、造り手の顔が見えるのがよいのかも。日本でも地産地消は広がっていて、国産ホップを使ったり、特産品を副原料にしたりとキャラクターができてきていますね。

日本やヨーロッパの職人もアメリカのスタイルを導入

木暮

アメリカのクラフトビール市場が活況になると、ドイツやベルギーの醸造家もこぞってアメリカを参考にするようになりました。渡米して修業する人たちが増え、アメリカの影響を受けたビールが多くなった。

いまも水、麦芽、ホップ、酵母以外の材料を認めない「ビール純粋令」が重視されるドイツでも、ヘイジーIPAをはじめとするアメリカンなビアスタイルが造られるようになりました。そのうちのいくつかの醸造所の商品は、日本でも飲むことができる。アメリカに負けない素晴らしいビールがありますよ。

コウゴ

ヨーロッパはそれぞれ伝統的なビール造りにプライドを持っていますからね。アメリカをそのまま真似するわけではなく、自分の国らしさや、地元ならではの素材を加えたりと、バリエーションが生まれている。例えば、ドイツではIPAといっても麦芽の風味を大切にしています。そして副原料を使用せず、原料や醸造方法を工夫することで味の多様性を出している。

田嶋

実は、アメリカのクラフトビール造りを真っ先に取り入れたのは日本だといわれているんです。1994年に酒税法が改正され、ビールの製造免許取得のための年間の最低製造数量基準が2000㎘から60㎘に大きく引き下げられると「第1次クラフトビールブーム」がやってきた。

コウゴ

この頃は「地ビール」と呼んでいましたね。当時の地ビールはまさに玉石混交。おいしいものは稀で、「地方のお土産」というよくないイメージが拭えませんでした。

木暮

日本ではそれまで下面発酵のラガーが主流だったので、上面発酵のエールが主体であるクラフトビールが受け入れられなかったんですね。醸造家も何がおいしいビールか、正解がわからないまま造っていて、次第にブームは衰退していきました。

コウゴ

2010年頃からはタップルームやブルーパブも多くなり、クラフトビールに対するお客さんのリテラシーも向上。ホッピーなIPAだけでなく、フルーティなヴァイツェンや、濃厚でチョコレートのようなポーターなど、自分に合ったスタイルを見つける力がついたのだと思います。「地ビール」から「クラフトビール」に呼び方が変わったのも、この頃です。

木暮

「第2次クラフトビールブーム」の始まりと呼べる時期でしょうね。これらブームの再燃には、〈伊勢角屋麦酒〉、〈常陸野(ひたちの)ネストビール〉、〈箕面(みのお)ビール〉といった、「第1次ブーム」の際に誕生した老舗ブルワリーの影響があります。ブームが下火になっても、彼らが根気強く、おいしいビールを造り続けてくれたことが大きい。いまもなお日本のクラフトビール界をリードする存在ですから。

田嶋

そして、ここ数年さらに盛り上がって「第3次クラフトビールブーム」がやってきた。ブームを牽引しているのは20〜30代のブルワー。第1次ブームを作った醸造家はドイツからやってきた職人に習い、手探り状態で造っていたけど、いまの彼らは世界を旅してビール造りを学んできた。

東京・日本橋の〈CRAFTROCK Brewing〉などがそうですね。現地で飲むと、輸送の間に劣化したビールとの味の違いがはっきりとわかる。本物を知ると、技術もアップするんです。

コウゴ

第2次ブームは老舗の醸造所が注目されたけど、いまは若い世代が新しいものを造っていますよね。それに刺激されて、20年選手の老舗ブルワリーも面白い商品を造り始めている。

木暮

〈伊勢角屋麦酒〉はリニューアルして、近代的なウェストコーストスタイルに転向しましたね。

古今東西のハイブリッド。スタイルの進化は底知れない

木暮

日本に第2次クラフトビールブームが来ていた頃、アメリカではウェストコーストスタイルからイーストコーストスタイルに人気が移っていきました。ホップの苦味は抑えめで、華やかな香りとジューシーな味わいを特徴とするヘイジーIPAがその代表です。ニューイングランドIPAとも呼ばれていますね。日本でも、〈Y.MARKET BREWING〉など多くのブルワリーで造られるようになりました。

田嶋

ヘイジーIPAの濁りってデンプンなどによるものなのですが、技術が進歩したいま、本来なら透き通らせることも可能なはずなんです。でも、それを残しておくのも一つのこだわり。ウェストコーストスタイルが一般的になると、人々は、新たなスタイルを求めて、ヘイジーIPAを飲むように。東を代表するマイクロブルワリー〈Tree House Brewing〉には、西海岸から車で買いに来る人も続出しました。

木暮

2018年頃にポートランドに行ったら、面白いものがたくさん出ていましたね(笑)。乳酸菌を使った酸味のある「サワーIPA」や副原料に米を使用した「コールドIPA」、ドライな口当たりがスパークリングワインのような「ブリュットIPA」というのもありました。フロンティア精神が強いアメリカ人だからか、派生スタイルがどんどん誕生しますね。

田嶋

日本でも近頃話題のサワー系は、IPAと並行して発展しました。アメリカでベルジャン(ベルギービール)ブームが起こった2005年あたりですね。そうやって同時多発的に、さまざまなスタイルが生まれています。

コウゴ

ドイツ・ハルツ地方の伝統的なゴーゼ(塩とコリアンダーを大量に入れるスタイル)など、クラシックな手法を取り入れるところも。ほかの国に目を向けた横の繋がりと、過去の技法に遡る縦の繋がりを、無尽に追求して新しいスタイルが作られています。

木暮

醸造タンクが空になるたび、造るスタイルを変える醸造家も少なくありません。少量ずつ造れるからこそ、新たなビール造りに挑戦できる。

田嶋

この自由度がクラフトビールの醍醐味ですよね。最近では、ヘイジーIPAとIPAの間をとったような、ハイブリッドなジューシーIPAにも注目!国内では〈FUKUOKA CRAFT BREWING〉がよく取り入れていますね。ここはアメリカ人醸造家がビール造りに参加しているのも特徴。日本に外国人のブルワーが増えたのも一つの話題かもしれません。

コウゴ

〈京都醸造〉もブルワーが多国籍ですね。

木暮

ところでクラフトビールの価格は大手ビールの数倍になることも。当初はアメリカでも日本でも値段の高さで敬遠されていましたが、いまでは値段を気にしている人は少ない印象です。

田嶋

2008年のリーマンショック以降、みんなの価値観が変わったんだと思います。価格に合った質を求めた結果、おいしいビールが飲めるなら抵抗なく支払う。この頃から、弁護士や証券マンといったエリートが仕事を辞めてニューヨーク郊外でビールを造るなど、醸造家も多様化してきた。

木暮

日本でも脱サラして醸造家になる人が増加。彼らが新風を巻き起こして、まだ味わったことのないスタイルを造ってくれると面白い。だからクラフトビールはやめられません!

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