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100回以上刷られてきた「百刷本」案内 。文庫の2大巨頭、新潮と岩波

名著を知るなら、売り上げ部数よりも刷数を見るのが近道?長年読み継がれてきたということはそれだけ何度も増刷を重ねているということ。「百読本」ならぬ100回以上刷られてきた、「百刷本」案内。

Photo: Shu Yamamoto / Text: Yoshiaki Misago

文庫の2大巨頭、
新潮と岩波。

書店の文庫担当者に、最もリピート発注している本は何か、と尋ねたら、実際多くの人から返ってくるのは太宰治『人間失格』と夏目漱石『こころ』でしょう。調べてみるとやはり刷数も圧倒的。メディア化に加え、教科書や学校の授業で紹介されたりと、高い知名度が一つの理由。

2作は各出版社から刊行されていますが、新潮文庫の『こころ』は1952年に出版され、70年近くにもわたり増刷され続けています。さらには「Premium Cover」をかけ、外装もアップデートするなど、イメージを刷新し続ける工夫も多いです。

一方、数多くの名著を文庫にしてきた岩波書店はどうか。多くの出版社の本が委託販売制であるのに対して、岩波は返品ができない責任販売制。
しかも岩波文庫の『こころ』は、新潮文庫のおよそ1.6倍の値段にもかかわらず、136刷と増刷を重ねています。この刷り部数は大正以降、100年以上日本の教養を担ってきた信頼の証しだといえます。

2社のトップ10の刷り部数を比較してみると、三島由紀夫や川端康成に加え海外文学が入ってくる文学の新潮に対して、岩波は『ソクラテスの弁明・クリトン』をはじめ哲学、宗教の存在も強い。刷り部数で比較しても両者の特徴が色濃く出ているのがわかります。

新潮文庫

209刷 『人間失格』太宰治/著

200刷 『こころ』夏目漱石/著

164刷 『坊っちゃん』夏目漱石/著

160刷 『仮面の告白』三島由紀夫/著

158刷 『雪国』川端康成/著

158刷 『三四郎』夏目漱石/著

155刷 『草枕』夏目漱石/著

154刷 『伊豆の踊子』川端康成/著

154刷 『赤毛のアン』モンゴメリ/著 村岡花子/訳

152刷 『悲しみよ こんにちは』 サガン/著 河野万里子/訳

岩波文庫

136刷 『こころ』夏目漱石/著

130刷 『徒然草』西尾実、安良岡康作/校注

127刷 『五重塔』幸田露伴/著

122刷 『坊っちゃん』夏目漱石/著

122刷 『茶の本』岡倉覚三/著 村岡博/訳

120刷 『歎異抄』金子大栄/校注

116刷 『草枕』夏目漱石/著

111刷 『死に至る病』キェルケゴール/著 斎藤信治/訳

109刷 『ソクラテスの弁明・クリトン』プラトン/著 久保勉/訳

108刷 『三四郎』夏目漱石/著

新潮文庫 文庫
本岩波書店 文庫本

短歌のイメージを刷新した
『サラダ記念日』。

新人の第1歌集は初版500部程度が一般的。しかし、俵万智は刊行以前から角川短歌賞で注目され、1987年の第1歌集『サラダ記念日』は初版8,000部。版元は歌集を出したことのない河出書房新社と異例ずくめ。発売1ヵ月で20刷を超え、年末には180万部を突破します。

その理由の一つは、画期的な文体です。千年以上、受け継がれてきた定型のリズムを引き継ぎつつ、短歌を知らない人でも読める生活に身近な体験を題材とし、さらには古典や古語、枕詞を日常語の中に違和感なく溶け込ませています。

そういった意味で、短歌の新境地を切り拓いた作品といえますし、その後の短歌のスタンダードを作ったといえるでしょう。

『サラダ記念日』俵万智/著
『サラダ記念日』俵万智/著
サラダがおいしいという何でもないことを記念日にしてくれるものが自分にとっての短歌と語る俵の代表作。397刷。

*掲載されている刷数は2021年11月30日調査時点の数字になります。