クローズドな映画業界を、外にひらいていくために
創業者ガブリエル・シャネルの時代から、映画業界と深い縁を結んできた〈シャネル〉。衣裳の提供や制作をはじめ、さまざまな形で、ジャン・コクトーやジャン・ルノワールを皮切りに映画史に名を残す監督たちを支援してきた。「CHANEL AND CINEMA – TOKYO LIGHTS」は、そのDNAを受け継ぎ生まれたメンターシッププログラム。監督や脚本家を志す若きフィルムメイカーに向けて、2日間のマスタークラスで学びの機会を提供するとともに、脚本のコンペティションを実施。選ばれた3人のショートフィルム制作と発表をサポートするというのが一連の流れだ。
このプログラムに、メンターとして参画しているのが是枝裕和監督。かねて抱いていた日本の映画業界に対する問題意識と重なり、参加を決めたのだという。
「制作資金や若手育成、労働環境など、課題は山積していますが、それらをひもとくと必ず、業界全体がクローズドであるという壁にぶつかるんですよね。映画関係者や放送局、出版社など、ある種の“身内”で人も資金もすべてを回していて、その外にいる企業や組織と接点を持とうという意識があまりない。このままでは日本映画は、趣味的なものづくりに終始し、国内で消費されるだけで終わってしまうのではないか。そんな危機感を持っていた時に、〈シャネル〉から今回の構想を聞かせてもらって、業界や国の垣根を超えた広がりのある取り組みだなと。喜んでご一緒したいとお伝えしました」

プログラムの幕開けとなったマスタークラスは、2024年11月27日と28日に実施された。是枝監督を筆頭に、西川美和監督、ティルダ・スウィントン、安藤サクラ、役所広司ら錚々たる映画人が講師となり、応募で集まった300人近い聴衆に向けて、自身の経験やアドバイスを語りかける。田中さくらさんは、是枝監督のXの投稿をきっかけに、応募を決めたという。
「当初からショートフィルムのコンペティションがあることと、入選したら実際に撮ることができて、東京とパリでの上映機会があることが発表されていました。映画の仕事を志す中では、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちと物語を共有したいという思いを持っていたので、絶好のチャンスだと感じました」

今回のマスタークラスは「単なるトークセッションにとどめず、もう一歩踏み込んで実践的な場にしたかった」という是枝監督。その思いが形になったのが、ワークショップのセッションだ。この日のために書き下ろされた台本をもとに、若手監督や演出家、俳優がステージに上がり、シーンを作り上げるプロセスを披露。それに対して講師陣のアドバイスや質疑応答を交えながら、さまざまな可能性が模索されていく。首藤凜さんは、演出を披露する若手監督の一人として登壇。「300人を前にするとなるとすごく緊張しましたが、新鮮な観点からの指摘も多く、反省や学びも大きかったです」と振り返る。
さらに田中さくらさんも「ワークショップは、観ている側も学びが大きかった」と続ける。「是枝さんが『自分だったらこれをどう演出するか』を披露してくださる場面で、人物をどう配置し、どう動かすかに意識を向けられていたことが印象に残っています。演出というと自分は、俳優のセリフの発し方や佇まい、カットに意識が向きがちだったので、『配置か』と衝撃を受けました」
2日間を終えて、「横のつながりができたこともありがたかったことの一つです」とは古川葵さん。「同世代のクリエイターたちとコミュニケーションをとる機会は、意外とないもの。継続的に刺激を受けるいいきっかけを得ることができました」
3本のショートフィルムに込められた、三者三様の眼差し
マスタークラスの参加者たちが、次なるステップとして挑んだのがショートフィルムコンペ。8分間のショートフィルムの脚本を提出し、書類および面接による選考へ。最終的に勝ち抜いたのが、首藤さん、田中さん、古川さんの3人だ。彼女たちには、是枝監督を中心とする映画界を牽引するクリエイターや専門家のサポートを受けながら、作品を実際に形にする機会が与えられた。そして完成したのが、個性豊かな3本だ。
『親切がやって来る』 (監督:首藤 凜)
『夜明け』 (監督:田中さくら)
『夕べの訪問客』 (監督:古川 葵)
首藤さんの作品は『親切がやって来る』。本作のテーマの起点について、本人はこう振り返る。「日頃、他者が何を考えているかが分からず怖いと感じることがあって。その感覚を何か作品に生かせないかと喫茶店で考えていた時、たまたま奥の席でおばあさんが転んでしまったんです。両隣の人が助けたんですが、救急車がなかなか来ず、その人たちがしばらくおばあさんの話し相手をする状況になっていました。親切から降りるタイミングを失ってしまったというか(笑)。その光景を見て、偶然の親切と他者の分からなさを組み合わせてみたいなと考えました」

続いて田中さんが撮ったのは『夜明け』。タイトルの通り、夜の暗闇から、朝の気配が満ちていくまでの時間を追いながら、姉妹の静かなやりとりを幻想的に切り取った。
「暗闇から少しずつ空が白んでいって、朝になるまでの時間って、辺りはしんと寝静まっているのに、どこかに人の気配がある。日常のエアポケットみたいなこの曖昧な時間に、もしかしたら世界のどこかで誰かがとても大事な会話を交わしているかもしれない。そう想像しながら作り上げていった作品です」

一方の古川さんは、マスタークラスのワークショップで用いた二人芝居の台本を、スリラータッチに膨らませた。
「首藤さんの作品とも少し重なりますが、私も他者の理解し得なさに興味があります。自分の思っていることは半分も言葉にできていないし、反対に相手の言葉の意図も半分も理解できていない。なのに会話は進んでいく。そのズレが不思議で面白いなと思っていて、それを作品にしたいなと。ただ、マスタークラスと同じシチュエーションを改めて演出する以上、映画にしかできないことをやりたかった。カットや絵作りにこだわることは、自分の中で大きなテーマでした」

3人の制作の過程では、適宜面談やアドバイスを重ね、コミュニケーションをとりながら寄り添った是枝さん。改めて3本を観終えて、「どれもとても面白かったし、素晴らしかった」と一言。さらに、こう続けた。
「『親切が〜』は、誰一人怖いことを言っていないのに、しっかり怖い。首藤さんの独自の人間観察眼が滲み出ていますよね。『夜明け』は、説明的にならずに、登場する姉妹にこれから何が起きていくのかという状況が自然に分かるようにできている。かなり練られた脚本だったんじゃないかなと。そして『夕べの訪問客』は、俳優二人の表情がいい。ワークショップで扱った台本が広がって作品として結実したのもすごく良かったなと思います」

これらの3作品は、4月24日〜5月24日、東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールにて上映される予定だ。さらにいずれは、フランス・パリでの上映に向けても準備が進められているという。是枝監督いわく「3作の上映を経て、プログラムは一段落になりますが、また新たなサイクルのスタートも予定しています。今回の手応えと反省を踏まえながら、継続的な取り組みにしていければいいですね」。シャネルと是枝監督が育み、芽吹きつつある日本映画のあらたな兆し。その確かな手触りを、まずはこの3本からぜひ感じ取ってほしい。













