自然との関わりや“遊び”、妖怪を通して、より深く人間を知る
民俗学の本を読む楽しみは、民俗学者のフィルターを通して、フィールドを追体験するロールプレイングゲーム感にあります。全国津々浦々を旅する民俗学者はさながらオープンワールドの旅人。
SNSのむき出しの情報や言葉で隠れてしまうような周縁に生きる人々の暮らしを、その歩みによって追体験できる読書は刺激的だと思います。『生きもの民俗誌』(1)は現役の民俗学者で一番のフィールドワーカーによる集成です。項目に並ぶのは「イノシシ」「コオロギ」「ノミとシラミ」など、さまざまな生きもの。
しかしその生態を図鑑的に見るのではなく、生きものと人間の関係を通して、暮らしと人生を見ていきます。長年のフィールドワークで聞き取ったあまたの記憶と記録を辿る手つきはもはや名人芸。植物編の『採集民俗論』と併せて読むのも楽しいです。民俗学はムラ社会の営みのシステムを描き出すスタイルを磨いてきましたが、最近はその過程で記述しそびれてきた個人、周縁=マージナルに追いやられた人々にも焦点を当てるのがトレンドです。
その意味で、半世紀以上前に書かれた『限界芸術論』(3)は今こそ読み返されるべき本でしょう。限界芸術=マージナルアートとは、芸術と生活の根底にある普通の人々の“遊び”だと鶴見俊輔は定義します。壁画=落書きに始まり、本書が執筆された当時は今より地位の低かった漫画や漫才なども遊び=限界芸術の表現の一つとして論じられます。昭和史として読んでも面白いです。
妖怪論からは、民俗学の懐の深さを実感できます。『ビジュアル版 日本の妖怪百科【普及版】』(2)の特徴は著者が妖怪そのものではなく、妖怪のリアクションに重きを置く点です。妖怪って、彼らなりの尊厳を我々人間に踏みにじられた時に初めて悪さをしてくる。妖怪が人と人とのメタファーとして立ち現れるんですね。
この本を読んでいると、自分が知り合ってきた人間の顔が次々と浮かびます。「昔、あの人に悪いことしちゃったな」とか「ああ、こういう嫌なヤツいたなぁ」と楽しく読めます。妖怪を見るということは、人間を見ることなんだと気づかせてくれる本です。