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ブックデザイナー・佐藤亜沙美が語る、わたしの百読本「同調圧力に抗って爆弾を作る勇気をくれる」

本を読む人の手のひらにはブックデザイナーの仕事が載っている。小説、エッセイ、絵本、雑誌やビジュアルブックなどのデザインを手がける佐藤亜沙美さんが20代の初めに出会った、黄金色に光る小説『檸檬』と爆弾の話。

photo: Tomo Ishiwatari / text: Hikari Torisawa

『檸檬』

「『檸檬』は自宅の本棚に点在していて、解説やカバー違いの文庫本を何冊かと、王志弘さんデザインの台湾版も持っています。中学生の頃に、かせきさいだぁ≡の『じゃっ夏なんで』の歌詞に“梶井基次郎の檸檬”というフレーズがあって作品の存在を知ったんですが、あのときは読んだのかな……

バシッときたのが20〜21歳、広告デザインの仕事に抵抗を感じ、かといってそこから抜け出す方法も方向もわからなかったという時期でした。自分のなかに言葉を見つけることもできず、寄る辺なさを抱えていたときに、資料を探しに入った書店で目が合いました」

その『檸檬』が何版だったかを尋ねれば「新潮文庫です」と即答する。

「天アンカットといって、本の背表紙以外の3方のうち天の部分だけ断裁しない製本の手法で、今も文庫でこれを取り入れているのは新潮、岩波、ハヤカワなど数社だけ。新潮文庫にはスピンというしおりの紐もついているので印象に残るんですよね。

黄色と白のカバーを目にして、スカッと気持ちがいいなと惹かれて手に取り、読んでみるとピタリとピントが合った。私はこれをやるんだ、と腹の底にストンと落ちるような感覚があって、書籍の方にグッと意識が向いた瞬間があったんです。

この爽やかな装幀が、この背が本棚にあるだけでまだやっていけると勇気づけられました。カバーはなくなってしまって、読みすぎた本体は折れてブリンブリンになってしまいましたが、その文庫は今でも持っています」

ブックデザイナー・佐藤亜沙美

20代の初め、佐藤さんがつかんだ“これ”とは一体何だったのか?

「『檸檬』の語り手のように、私も書店に“黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛”けたいと思った。自分がデザインした本が異物のように書店に置かれることを想像しました。本というのは、小さい頃からどこにも属せずにいた自分のような人間にとって、弱かったり、不謹慎だったり、どうにもダメな感じさえ肯定して、人間の複雑さを教えてくれるもの。

こうあらねばならないという圧力があるなかで、そうじゃなくてもいい、この自分でOKなんだと気づかせてくれるようなもの。書店に並ぶ本のなかには、そんなふうに身の置きようがない人たちがいっぱいいて、自分が所属できると感じられる数少ない場所でした。

私は10代前半に本から離れていた時期があったし、昔から美しい本が好きだった人や、浴びるように本を読み続けていた人とは違って、あとから筋力を鍛えたタイプ。そこには劣等感もあるんですが、自分は自分なりに、ほかの人とは違うデザインを発明して、時限爆弾みたいに書店に仕掛けたいといつでも思っています」

ブックデザインから考える
黄金色の爆弾の作り方。

「本のデザインを考えるときは、書かれたものを読んで、そこに反応する作業を繰り返すんですが、今とは違う、例えば身近に作家さんや編集者がいない環境にいたとしても、自分だったらこの本を手に取るだろうか?そのためにはどんな形があるかな?ということはいつも考えます。

作家さんが命をかけて書かれた作品を大きなルールや定石に従って作ることはしない。高尚に見せるパッケージではなくて、その本の本能のようなものを隠さず剥き出しの状態にしたい。その思いの真ん中に、体幹のようにして通っているのが、この『檸檬』なんですよね」

2019年の『文藝』リニューアルではまさに、文芸誌という高尚さのかたまりのような媒体を鮮やかに生まれ変わらせたデザインが話題をさらった。

「あれも一つの爆発として受け止めてもらえたなら嬉しいです。自分が何をするか、何をデザインするのかを確認するために、これからも『檸檬』を読み返すんだろうなと思います」