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比較文学者、翻訳家・秋草俊一郎が選ぶ、現代を生き抜くためのブックガイド。キーワード:「その他の文学」

変化のスピードが速い、時代の転換点に立つ私たちは今、どんな本を読めばいいんだろう。歴史や思想、時の世相までも語ってくれる文学は、ものの見方を教えてくれる。分断や対立が絶えない現代にこそ、未知なる「その他」視点の物語を。「その他の文学」をテーマに、比較文学者、翻訳家の秋草俊一郎さんに5冊を選書してもらった。

illustration: Ayumi Takahashi / text: Ryota Mukai / edit: Emi Fukushima

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東西文化、旧植民地、少数言語話者。複雑さをあの手この手で語る

『赤い髪の女』オルハン・パムク/著、『もうひとつの「異邦人」 ムルソー再捜査』カメル・ダーウド/著、『アコーディオン弾きの息子』ベルナルド・アチャガ/著
左から
(1)『赤い髪の女』オルハン・パムク/著 宮下遼/訳
トルコを代表する作家による、10作目の長編小説。少年ジェムの視点で1980年代以降が回想される。訳者はイスタンブル史の著書もある研究者で、小説家でもある。早川書房/2,530円。

(2)『もうひとつの「異邦人」ムルソー再捜査』カメル・ダーウド/著 鵜戸聡/訳
アルジェリア人の著者がフランス語で書いた小説。主役は、カミュ『異邦人』の主人公ムルソーが殺したアラブ人の弟。フランスの文学賞ゴンクール賞の新人賞を受賞。水声社/2,200円。

(3)『アコーディオン弾きの息子』ベルナルド・アチャガ/著 金子奈美/訳
スペインのバスク語作家による、バスク地方の近現代史を映した一冊。バスク語からスペイン語へ著者が翻訳した版もある。訳者は両方を読んで訳した。新潮クレスト・ブックス/3,300円。

戦後の外国文学といえば「英・仏・独・露」。1950年代から60年代にかけて刊行された世界文学全集もこの4つの言語で書かれた作品が主でした。しかし20世紀後半、植民地の独立もあり、西洋以外の地域の文化や文学に関心が集まるようになる。亡命者や移民による文学もありますね。それらを読むことは、背景にある風土や民族など未知なる文化を知ることにほかなりません。

象徴的なのは『赤い髪の女』(1)。主人公は少年時代に不思議な赤い髪の女性と出会います。舞台となるイスタンブルは、歴史的にヨーロッパと東方をつなぐ要衝。このことを端的に示すように、巻頭のエピグラフには古代ギリシャの戯曲『オイディプス王』と古代ペルシャの叙事詩『王書』が。

前者の“父殺し”、後者の“子殺し”という主題も織り込んだストーリー展開に引き込まれます。さらに著者はノーベル文学賞作家で……と重ねると、とっつきにくいように感じるかもしれませんが、トルコでは大衆的な人気もある作家。読みやすく、オルハン・パムク入門にもおすすめです。

フランス文学は日本で最も親しまれてきた外国文学の一つですが、それを“裏側”から描いたのが『もうひとつの「異邦人」ムルソー再捜査』(2)。フランスの旧植民地アルジェリアの作家・ジャーナリストによる一作です。タイトルの『異邦人』とは、アルベール・カミュの同名小説のこと。この主人公ムルソーはアラブ人を射殺します。一方で、殺される名もないアラブ人の視点で描いたのが(2)なのです。
植民地であった過去を逆用するような文学と言えますね。本書を見出し訳した鵜戸聡さんはアラブ= ベルベル文学研究の専門家でもあります。

マイナー言語による文学作品として『アコーディオン弾きの息子』(3)も。スペインとフランスにまたがり暮らすバスク人のスペイン内戦以来の民族的記憶を辿る、500ページ超の大著。「あるバスク人のバスク語回想録を基に、その幼馴染みの作家が著した小説」という語り口は、歴史を単なる羅列ではなく緻密な物語として読ませる。バスク文化の研究者である金子奈美さんだからこそできた大仕事ですね。

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