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ゲーム作家・山本貴光×編集者・吉川浩満。新たな知に出会ったときに読みたい、門前で学ぶための10冊

『哲学の門前』を上梓した吉川浩満さんと、ともに本を読み、積み、書き、編んできた山本貴光さん。30年来の友人であり、「専門家でも専門外については素人、つまり誰もが門前の小僧なのだ」という実感を共有する2人に、新たな知に出会って門を発見したときに開いて読みたい、門前を遊び、門前で学ぶための10冊を選んでもらった。

photo: Tomo Ishiwatari / text: Hikari Torisawa

門があればそこはもう門前。ずっと一緒に遊ぶ場所

吉川浩満

誰もが門前の小僧にならざるを得ないテーマということで思い浮かんだのが、倫理、ユーモア、読み、書き、勉強。人によって増減するかもしれないけど。なんやかんやいっても結局は自分で決めなきゃいけないもの、という観点から選んでみました。

山本貴光

私は、門前にいる人が何かに興味を持ったもののどうしたらいいかわからないとき、さらにどんな門がどこにあるかもわからないときに、それでも何かに出会ったり考えたりするときの手がかりになるもの、という観点で選びました。本と出会う、興味を持つ、考える、言葉を知る、わからないことともどう付き合うかを教えてくれる5冊です。

吉川

まずは山本くんの、本と出会うところからがいいかな?

山本

彷徨(さまよ)える仔羊たちに門のありかを教えてくれるのが目録です。いろいろあるのですが今回は『90年版 岩波文庫解説総目録』を。岩波文庫は1927年の創刊から文芸、哲学、自然科学、社会科学その他、古今東西の古典を刊行している、学術のマップのベースともいうべきもの。無作為抽出的に探るよりよほど効率よく、いろいろな本と出会えますよ。

吉川

あまりに巨大すぎるウェブに対して、手軽で物理的なパッケージにコンテンツが封じ込められているのが本のすごいところ。その最たるものが目録だと思います。紙の本の優位性は下がったといわれもしますが、我々はみんな百数十cmの体と限られた認知能力と寿命の中でやっていくしかない。その点、本というメディアはちょうどいいサイズなんですよね。

山本

身の丈に合ってるんですよね。興味を持つというテーマで選んだのは『ドミトリーともきんす』。朝永振一郎や牧野富太郎などの科学者がキャラクターとして登場して、彼らの仕事がどんなものだったのかを、彼らの著書との関連付けもしながら面白く読ませてくれます。情報量をぎゅっと絞って、こういう人がいたんだよ、という水準で伝える高野文子さんの描き方、興味を持ちかけた人への後押しの仕方が絶妙です。

続いて、大学卒業後に吉川くんの家で開催されていた読書会で読んだアリストテレス『形而上学』。哲学書って一人ではなかなか読み難い本の代表だと思うんですけども、友人と一緒に読む、考えたことを書き込む、折に触れて読む。そうすると、あのときこんな話したな、こんなこと考えたな、と本をフックに記憶が取り出せる収蔵庫のような働きをしてくれる。読み返すこともできて、興味を持続させる装置にも。

吉川

思考を起動させる助けにもなりますよね。なぜ本なのか、を考えるときの我々の最初の回答としては、フィジカルアンカーとしての良さということになるのかな。

山本

まさに物としての錨(いかり)のような働きだよね。次は吉川くんの、方法に繋がる話をしていきましょうか。

吉川

読み書きって数千年前の人間には必要なかったと思うんです。それが、なぜか今、我々はほぼ全員が読み書きしないといけない。生物としては何も変わっていないのに。ここには人類の試行錯誤の跡がある。そこでおすすめしたいのが、古典的名著『本を読む本』です。

山本

入門編から、本に書かれていることを適切に把握する点検読書、精読、1つのトピックについて複数の本を同時に読むシントピカルリーディングとステップを踏んで読書法を手取り足取り指南する本ですね。

吉川

いろんな読み方があるということを知ることができれば、読書のハードルって一気に下がりますよね。続く『みんなのユニバーサル文章術』は、経験豊富なライターの安田峰俊さんが、メール、SNS、LINE、バズるウェブ記事の書き方まで丁寧に教えてくれます。一部の人向けではなく全員に伝わる書き方を、と説くところがいい。大人こそこういう知識が大事ですよね。

持続的に興味関心を持つというテーマにも繋がるんだけど、次は勉強です。仕事であれ趣味であれ、我々はいつだって何かしら独学しなければいけない。そこで『独学大全』です。すでによく知られ、読まれている本ですが、それもそのはず、ここにはたくさんの勉強のやり方が載っていて、しかもたったの3,080円!

山本

読書猿さんが数百冊にわたる学習法を説く本を集め、読み、要約し、まとめている。同じことを自分でやったらどれほどのお金と時間と労力が必要になるでしょうか……。

吉川

一生を棒に振るしかないよね。

山本

人間は失敗するものだし三日坊主にだってなるものだ、という人間観をもとに、うまくいかない人のことを考えてくれていて、勉強はもちろん、救いにもなる一冊ですね。

門前で読む、方法の本と興味を形にするための本

吉川

言葉の話に行きましょうか。

山本

ある日常風景、男がバスに乗っている様子を短くスケッチした文章が最初に提示され、それが99通りの文体で書かれていくレーモン・クノー『文体練習』です。複式記述、隠喩を用いて、予言風に書くと、厳密に、新刊のご案内風、無関心に、とかね。フランス語で書かれたものを朝比奈弘治先生が超絶技巧の日本語で書き分けられているのも読みどころです。

メールの書き方と一緒で、我々は言葉のスタイルをファッションのそれほど真剣に考えていないかもしれない。でも実は、と考えてみるのにぴったりな、一冊座右にあるだけで言葉のクローゼットみたいに使える本ですよ。

吉川

私の選書の最後は、根本的すぎてなかなか捉え難い倫理とユーモアについて。倫理や道徳って、どう考えても大事なものだけど、学び方がわからない。そんな人のために『ふだんづかいの倫理学』を。倫理で大事なのは正義と自由と愛、これだけ。正義は社会の、自由は個人の、愛は身近な関係の倫理です。

山本

和辻哲郎が書いていますが、倫という文字には仲間という意味がある。倫理って、私がどう生きるかという個の話と誤解されがちだけど、他人と自分の関係があって、そこにどんな理があるかという話ですよね。

吉川

『ユーモアは最強の武器である』で扱うユーモアも、誰もが無関係ではいられない。スタンフォード大学ビジネススクールで講義を持つ2人の共著で、組織においてユーモアがいかに大事かを、行動科学をもとに論じたハウツー本です。学校では選択科目、でも人生においては必修科目である倫理とユーモアについて、どう学びどう付き合うかを提示してくれる2冊でした。

山本

最後に『水中の哲学者たち』をおすすめしたいと思います。新たに門をくぐろうとするときの寄る辺ない状態、手探りしながらものを考えるときに何が起きるのかを、永井玲衣さんがご自身の体験を通じて教えてくれるエッセイです。

吉川

人生も社会も複雑で、問題があっても解決されないまま時間が過ぎていくというのが我々の人生。訳もわからず暮らし、わからないなりに楽しかったり悲しかったり面白かったりつまらなかったりして、そこからいろんな考えや行動が生じてくる。その故郷のようなところを描写してくれている本ですね。訳のわからない状態を大事にしているという意味では、『哲学の門前』にも共通するものがある、と言ったらおこがましいのですが。

山本

そうそう。すぐには解決がつかない問題とどう付き合うか、そこに寄り添った思考のあり方を教えてくれて、勇気づけられます。

文筆家、ゲーム作家・山本貴光、文筆家、編集者・吉川浩満

山本貴光が選ぶ、興味を探しに行く5冊

『形而上学』アリストテレス/著、『水中の哲学者たち』永井玲衣/著、『文体練習』レーモン・クノー/著、『ドミトリーともきんす』高野文子/著、『90年版 岩波文庫解説総目録』岩波文庫編集部/編
『形而上学』アリストテレス/著 岩崎勉/訳
万学の祖と呼ばれた古代ギリシャの哲学者の著作群から、その思想の根幹にして、形而上学の礎となった「第一哲学」を説く古典的名著。講談社学術文庫/品切れ。

『水中の哲学者たち』永井玲衣/著

若き研究者が、世界のわからなさを見つめ、哲学の海に潜り、手のひらにのせて慈しむようにその面白さを追い求めていくエッセイ集。晶文社/1,760円。

『文体練習』レーモン・クノー/著 朝比奈弘治/訳
99の文体が繰り出され、言語が遊戯して、日常の景色がさまざまに変化する。20世紀フランス文学の革命を率いた作家による異形の一冊。朝日出版社/3,738円。

『ドミトリーともきんす』高野文子/著

朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹。科学者たちが暮らす学生寮を舞台に、自然科学と読書の道を明るく照らす漫画作品。中央公論新社/1,320円。

『90年版 岩波文庫解説総目録』岩波文庫編集部/編

古典の普及を目指して1927年に創刊された岩波文庫。2016年までに刊行された全書目の書誌データと解説文をまとめた世界名著辞典。岩波書店/4,950円。

吉川浩満が選ぶ、知の技法に触れる5冊

『本を読む本』M. J. アドラー、C. V . ドーレン/著、『みんなのユニバーサル文章術 今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界』安田峰俊/著、『ふだんづかいの倫理学』平尾昌宏/著、『ユーモアは最強の武器であるスタンフォード大学ビジネススクール人気講義』ジェニファー・アーカー、ナオミ・バグドナス/著、『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』読書猿/著
『本を読む本』M. J. アドラー、C. V. ドーレン/著 外山滋比古、槇未知子/訳
1940年に原書が、78年に日本語訳が刊行されて以来読まれ続けている、本を読む技術とその楽しみ方を教えてくれる手引きの書。講談社学術文庫/1,177円。

『みんなのユニバーサル文章術 今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界』安田峰俊/著
ルポライターにして大宅賞作家、ユニバーサル日本語を提唱する著者が、メール、SNS、マッチングアプリまで、戦略的文章の術を指南。星海社新書/1,210円。

『ふだんづかいの倫理学』平尾昌宏/著

モラルが揺るがされる現代社会を生きるためには、正義と愛と自由が絶対必須!基本原理から応用まで、生きるための倫理学を解く入門書。晶文社/1,980円。

『ユーモアは最強の武器である スタンフォード大学ビジネススクール人気講義』ジェニファー・アーカー、ナオミ・バグドナス/著 神崎朗子/訳

プロのコメディアンの技に学び、仕事と生活におけるユーモアの活用術を実践的に指導する。大学の講座から生まれたビジネス書。東洋経済新報社/1,980円。

『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』読書猿/著

吉川さん&山本さんが90年代から追っている博覧強記の著者によるハウツー本。いかに学ぶかという問いへの膨大かつ軽妙な回答。ダイヤモンド社/3,080円。