中華文学
選んだ人：飯塚容（中国現代文学研究者）
（1）『傾城の恋/封鎖』張愛玲／著 藤井省三／訳
上海と香港を舞台にバツイチの女性とプレイボーイの青年の恋の駆け引きと運命の皮肉を描く「傾城の恋」。占領下の上海の路面電車で繰り広げられる行きずりの恋を綴る「封鎖」ほか収録。光文社古典新訳文庫／¥946。
（2）『赤い高粱』莫言／著 井口晃／訳
ノーベル賞作家の出世作。著者の故郷である山東省高密県を舞台に、「私」の祖父母や両親の歴史が語られる長編小説。張芸謀監督の映画『紅いコーリャン』（1987年）の原作としても知られる。岩波現代文庫／¥1,254。
（3）『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ／編 中原尚哉ほか／訳
ケン・リュウによる中国SFアンソロジー。表題作は階層により居住空間が3つに区分された近未来の北京の物語。その他、『三体』で知られる劉慈欣の短編も収録。ハヤカワ文庫SF／¥1,100。
（4）『歩道橋の魔術師』呉明益／著 天野健太郎／訳
世界的に高い評価を得つつある著者の代表作の一つ。1980年前後の台北の街の日常を子供の視点で描いた短編集。ノスタルジーと同時に人生の悲哀や社会の不条理をしみじみと感じさせる。河出文庫／¥1,078。
SFまで続く多様な中国現代文学。
さらには台湾文学も見逃せない！
（1）の張愛玲は日本占領下の上海に彗星のごとく現れ、一世を風靡した女性作家。長らく文学史上から消えていましたが、1980年代以降にジェンダー平等の視点から再評価され、高い人気を得ています。
（2）の莫言は、2012年にノーベル文学賞を受賞した作家です。ここ10年の中国文学を語るとき、（3）のSFに触れないわけにはいきません。世界的な中国SFブームの原動力になったのは、自身も作家であるケン・リュウによる英語圏での翻訳紹介でした。
最近の台湾文学の成果には目覚ましいものがあり、その筆頭が、（4）の呉明益です。2018年にはブッカー賞にもノミネートされていて今後も要注目です。
東南アジア文学
選んだ人：宇戸優美子（東南アジア文学研究者）
（1）『人間の大地』プラムディヤ・アナンタ・トゥール／著 押川典昭／訳
植民地期インドネシアの社会と民族を描いた歴史小説。著者が当時の政府により流刑にされていた際に執筆。出版後、インドネシア国内では発禁となった。上下巻。めこん／各¥1,980。
（2）『戦争の悲しみ』バオ・ニン／著 井川一久／訳
ベトナム戦争に翻弄される男女を描いた傑作小説。『池澤夏樹＝個人編集 世界文学全集第1集』として河出書房新社から出版された一冊にも収録。戦争体験をベトナム人目線で綴る数少ない作品。めるくまーる／品切れ。
（3）『鏡の中を数える』プラープダー・ユン／著 宇戸清治／訳
2002年、著者が29歳にして東南アジア文学賞を受賞した「存在のあり得た可能性」をはじめとする12編が収められた短編集。タイのポストモダン文学の入門書としておすすめ。タイフーン・ブックス・ジャパン／¥3,725。
（4）『プラータナー 憑依のポートレート』ウティット・ヘーマムーン／著 福冨渉／訳
個人的な欲望としての「性」と、支配者の欲望「政」の2つを絡め、タイの政治変動と一人の芸術家の人生を書き上げる。岡田利規さんの演出・脚本で舞台化もされている。河出書房新社／¥3,080。
沸騰するタイ文学。
その源流を辿れる東南アジアの古典。
前提として、日本で読める東南アジア文学は、中国文学や韓国文学に比べると、商業出版されている邦訳作品がかなり少なく、あっても絶版本が多いという状況です。
その中でも、（1）と（2）は、現代東南アジア文学の古典として広く読み継がれている本です。物語の題材としては、植民地や戦争を扱うものが多いのも特徴。
一方で、ここ10年で一番評価が高まっているのは、タイ文学。（3）と（4）の著者は、共に現代的な題材をテーマとして選び、ポストモダン作家の旗手として注目されています。配信サービスを中心にタイの映画やドラマの知名度が上がってきたことで、現代文学にもスポットライトが当たり始めています。
アラブ文学
選んだ人：岡真理（現代アラブ文学研究者）
（1）『張り出し窓の街』ナギーブ・マフフーズ／著 塙治夫／訳
第一次大戦下のカイロ。旧市街に暮らす一家を通し、革命に揺れる激動の時代を描いた「カイロ三部作」の第1部。1970年代に邦訳されるも長らく絶版に。2011年に三部作が完訳され復刊した。国書刊行会／¥5,500。
（2）『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー／著 黒田寿郎ほか／訳
悲劇的な親子の再会にパレスチナ問題の本質を重ねた表題作ほか、難民の実存を描いた7編を収録。著者はそのペンの力を恐れられ、1972年に暗殺された。河出文庫／¥968。
（3）『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』エミール・ハビービー／著 山本薫／訳
イスラエルのパレスチナ人は故郷にいながら、ある日、祖国の「異邦人」となってしまった。その不条理とそれに対する抵抗を描いたトラジコメディ。作品社／¥2,640。
（4）『火によって』ターハル・ベン＝ジェッルーン／著 岡真理／訳
2010年の暮れ、チュニジアの地方都市で貧にあえぐ青年が自らの体に火を放つ。一連のアラブの春へと発展するジャスミン革命の発端を、ゴンクール賞受賞作家が事実を下敷きに物語へと昇華した一作。以文社／¥2,090。
中東から北アフリカにかけて、
革命や難民問題を映し出す作家たち。
アラブ文学とは中東から北アフリカのアラビア語圏の文学のこと。（1）のマフマーズとタイーブ・サーレフは現代の古典。前者は、中東初のノーベル文学賞受賞者でもあります。後者はスーダンの作家で、絶版ですが『北へ遷りゆく時』はポストコロニアル文学の世界的名著。
（2）のカナファーニーはパレスチナ文学を代表する作家。難民的生の実存を通してパレスチナ問題を追究しました。
（3）のハビービーは逆に、難民とならず、「ユダヤ国家」にとどまり、その不条理を生きたパレスチナ人。
（4）は、2010〜11年のアラブの春が、「パンと自由と人間の尊厳」を求める人間の魂の叫びであったことを教えてくれます。
