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日本独自のビール文化を育てたビヤホール、伝統の3軒

ビヤホールは、日本生まれ。日本人のほとんどが、まだビールなるお酒を知らない時代、「何これ旨い!」とびっくりしてもらおう、そしてじゃんじゃん広めよう、としてつくられた酒場。当時の勢いや情熱を味わえる伝統の3軒を紹介。

Photo: Koh Akazawa / Text: Naoko Ikawa

ビヤホール ランチョン(神保町)

明治から4代続くビールと洋食。
生ビールを注ぐのは代々当主だけ。

料理人の初代が明治42(1909)年に開店した、洋食とビールの店。だから今でも料理は、デミグラスソースからすべて自家製の、正しい洋食だ。メインの樽生は知る人ぞ知る、日本で一工場でのみ造られるアサヒビールの「Ⓕ(マルエフ)」。

ビールの評判を上げたのは2代目で、注ぎ手は代々当主だけ、の決まりは「ビールの味には当主がすべての責任を持ちます」という証し。味も姿勢も変わらない、という圧倒的な信頼感。ここでは誰もが穏やかな顔で飲んでいる。

4代目の鈴木寛
4代目の鈴木寛さんは、祖父、父の注ぎ方を見て覚え、自身でも研究。二度、三度と分けて注ぎ、しっかりとした泡を作る。
自家製ロースハム1,400円
自家製ロースハム¥1,400。アサヒ生ビール¥650。

ビヤホールライオン(銀座七丁目店)

建築家と日本の職人たちによる
荘厳なホールで伝統の生を。

昭和9(1934)年創業。大日本麦酒(サッポロビールの前身)による、現存する日本最古のビヤホール。当時新進の建築家・菅原栄蔵と日本のガラス職人らが創り上げた妥協なき空間に身を置いて、伝統の「一度注ぎ」による生ビールを。

名人、井上克己さんいわく「ビールの泡は作るものでなく、自然とできるもの」。均一でシルキー、わずか数秒でぴたりと決める黄金比率の液体と泡は職人技。創業86年、歴代の注ぎ名人を輩出してきた、殿堂でもある。

井上克己
同店における注ぎ手の頂点、ライオンビヤマイスターの井上克己さん(左)はこの道42年。
ニシンのマリネ
ニシンのマリネ¥968、サッポロ黒ラベル生(中ジョッキ)¥946。

ビアライゼ’98(新橋)

マッチ棒が立つほどの泡で
麦の甘味を際立たせる「松尾注ぎ」。

「情熱あるビールの造り手と同じように、注ぎ手も大事」と語るのは、多くの若手から尊敬を集める店主、松尾光平さん。

名店〈灘コロンビア〉で故・新井徳司さんに師事し、そのDNAをつなぐ唯一の注ぎ手だ。新井さんより譲り受けた、氷水で冷却する71年もののサーバーにより、液体にストレスをかけずコクとキレを表現。ビールの五味は甘・苦・酸・渋・辛といわれるが、粘度の強い泡を作る「松尾注ぎ」はホップの苦味を抑え、麦の甘味を引き立てる。

松尾光平
松尾光平さんは16歳からアルバイトで〈灘コロンビア〉へ。今や日本中からビールファンがやってくる注ぎの先生。
ブラウンソースメンチカツ
ブラウンソースメンチカツM ¥715。アサヒ樽生Ⓕ(マルエフ)435㎖ ¥715。