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滲み出る書き手の“主観”に高ぶる。武田砂鉄×麻布競馬場が語る、ノンフィクション

『今日拾った言葉たち』で街場やメディアの声をすくい上げ批評する武田砂鉄さんと、“タワマン文学”とも呼ばれる『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』で現実とも虚構ともつかないショートストーリーを紡ぐ麻布競馬場さん。社会問題からスターの半生まで、幅広い作品を有するノンフィクションのなかで、それぞれの琴線に触れた作品を聞いた。

本記事も掲載されている、BRUTUS特別編集 合本「本が人をつくる。」は、2024年6月13日発売です!

photo: Satoshi Nagare / text: Neo Iida

武田砂鉄

今はノンフィクションとフィクションの境界も曖昧になっている気がします。それこそ麻布競馬場さんもご自身の小説について「どこまで本当?」と聞かれませんか?

麻布競馬場

そうですね。あらゆる作品の根底にリアリティがあるのは間違いないので、フィクションを書くうえでも取材は必要になります。フィルターを通して物語にしているから一概に言えないですけれど。

武田

取材対象のすべてを捉えることはできないですしね。話を聞かせてください、とマイクを向けた瞬間に、聞き手の意思があるわけだし。

麻布

そういう断片から、時代の空気が保存できる本にしたいなというのはありました。生まれたときから「失われたN年」が始まって、ずっと閉塞感のなかで生きてきたので。

武田

きている事象や空気を捉えていることもあるんじゃないかと。だから定義づけは時に乱暴です。

綿密な取材から気づかされる、
見えていなかった現実

麻布

……ということを踏まえて、何冊か持ってきました。まずは『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』。元SDN48の大木亜希子さんが、アイドルをやめた人たちのその後を取材した本です。夢破れたあと人生とどう向き合ったか。「アイドル経験が生きているわけではない」という人もいて、一粒一粒は断片がバラバラでも、人生は接続されて続いていくんだなと考えさせられました。

武田

スターのその後の物語という部分は『虚空の人 清原和博を巡る旅』にも通じますね。僕は1982年生まれで、西武球場(現・ベルーナドーム)が多摩湖の対岸にある、西武ファンだらけの東大和市で育ったんです。球場に行き、試合が終わると、ロッカールームにつながる階段を選手が上がっていく。そこで憧れの清原を間近に見て、「こんなにケツでかいんだ!」って興奮して。野球選手の体格、とんでもないものを見た記憶がありました。

そして、この本は2016年の逮捕後から取材を続けている鈴木忠平さんが、4年にわたって彼の内面に迫った記録です。スポットライトを浴び続けてきた人間が、当たらなくなったときにどのようにメンタルを揺さぶられるのかが描かれていて、久々に甲子園に足を踏み入れるときも直前に「行きたくない」と不安になる。桑田真澄への長年の想いを正直に吐く。昔見たでっかいケツがしぼんでいくようでした。

彼は野球が社会のど真ん中にあった時代のスターだった。みんな清原がなぜああなったか消化し切れていないと思うんです。彼は闘い続けていて、膨大な途中経過を噛み締める一冊です。繊細な空気を捉える書き口も素晴らしい。

麻布

大衆からの期待は、時に怖くもあります。『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』はまさにそんな物語でした。栗城さんは劇場型登山家というか、インターネットで登山の様子を公開して夢を共有したがゆえ、目標が叶わなかったときに全方向から叩かれ、滑落して亡くなってしまう。

この本が面白いのは、著者の河野啓さんが栗城さんの番組を作ったテレビディレクターだということ。第2弾を放送前に、同じような企画を別の番組でやられてしまい、不義理を働いた栗城さんにめちゃくちゃ怒ってるんです。

僕はノンフィクションというと対象から適切な距離を取り、時には近づいて本音を聞き出すものだと思ってたんですが、河野さんは利害関係者だから冷静じゃない。栗城という化け物の実態を暴こうと、諦めを含んだ目で追っていくんです。ある種、河野さんが見たいものを見たいように描いているようにも思えて、僕にはこれがノンフィクションかどうかがわからないんです。ただ抜群に面白い。

武田

テレビディレクターのようにノンフィクション作家ではない人が書く作品にも惹かれます。『遠い声をさがして 学校事故をめぐる〈同行者〉たちの記録』は、文化人類学者の石井美保さんが書いた本。

当時小学生だった娘さんが通っていた学校でプール事故が起こり、クラスの子が亡くなってしまう。当事者や家族が事件を問う作品はほかにもあると思いますが、同級生の母親という“同行者”の立場で寄り添い続けていきます。調査は10年に及び、そのプロセスに圧倒されますが、本来はすべての事故にこれくらいの厚みがあるはずだと体感させられます。

麻布

今ネットで買いました。読まなくちゃ。『世界は五反田から始まった』は作家で写真家の星野博美さんの家族史。五反田駅を中心に半径約1.5kmのエリアを「大五反田」と命名し、戦間期から家族と町の歴史を振り返っていきます。

その大五反田の西に位置する武蔵小山では、飲食業、青果業、運送業などの人たちが、切り捨てられるように満蒙開拓団として満州へ。今は平和でも、戦時下にはグロテスクな一面があった。町の見方がすっかり変わりました。

武田

ミニマムな営みの記録は、当時を色濃く伝えてくれる気がします。2022年を振り返るうえで考えたいのが『ヤジと民主主義』。安倍元首相の銃撃事件が起こった直後、2019年のヤジ問題を取り上げて「警察がヤジを取り締まったのが裁判で違法になったから、警備に慎重になったんだ」という言説が出てきた。

もちろん銃撃などあってはならないことですが、その2つは全く別の話だし民主主義社会では「おかしいぞ」と声を上げる権利は誰にでも与えられている。一個人が声を上げることが制限されてしまうのでは、という危機感を強く持っています。北海道放送がヤジ排除と民主主義について、番組だけではなく本の形でまとめてくれたのは、すごく重要なことだったと思います。

ライター・武田砂鉄、覆面小説家・麻布競馬場
左/武田砂鉄、右/麻布競馬場。

麻布

オールタイム・ベストな一冊だと、辺見庸さんが1994年に書いた『もの食う人々』。飽食の日本を飛び出し、世界の人々が何を食べているかを訪ねるルポで、いまだに忘れらない一編がヤルゼルスキ元ポーランド大統領に会いに行く話です。彼は元軍人らしいストイックさで、食生活も質素。

私は肉なしでもやっていける、キャベツのスープが好きだと話し強がりますが、でも最後に「テレビを見ながらだね、ワッフルであるとか、その、お菓子をだね、食べるようになってしまった」と告白するんです。かつて戒厳令を敷き、のち民主化への扉を開いた人物が、老いた顔を覗かせる。

中学時代の僕は、現実ではドラマティックな出来事は起こらない、だから人間は文芸を作ったんだと思っていたんですが、こんなきらめきもあるんだと気づかされました。

武田

僕のベストは、元新聞記者でジャーナリストの本田靖春さんの遺作『我、拗ね者として生涯を閉ず』。僕が出版社に入社した2005年に発売され大きな影響を受けた一冊です。バランスの良い無難な新聞記事が増えるなか、本田さんは「記事の良し悪しを分けるのは、主観の優劣である」と言う。

つまり自分の考えを原稿に注ぎ込まなくちゃいけない。僕はノンフィクション作家でも新聞記者でもありませんが、文章を書くときの大きな指針になっています。

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