#3 AI時代のコミュニケーション
落合陽一
僕は、まず口で喋ってから文章を直す習慣が身につきすぎて、キーボードを前にして文学的な書き出しを考えるようなことができなくなってきたんです。
暦本純一
たしかに、口で喋るときに「石炭をば早や積み果てつ(1)」とかいわないものね。
落合陽一
そうそう。いきなり「吾輩は猫である」って語り出す人もいない(笑)。AI相手に喋ってばかりいると、キーボードでもそれが打てないんですよ。ペンでなら書けそうな気もするんだけど。
暦本
たしかに、僕も最近、キーボードを打つより鉛筆で書くほうが好きですね。キーボードは1文字ごとに分解することを強制されるから。喋りながら鉛筆で書くのがいいんじゃないかな。
落合
そうかもしれないですね。あと、キーボードだとオノマトペを使えないし、韻(いん)も踏まないんですよね。口で喋ると、つい韻を踏んじゃうじゃないですか。ダジャレをいってみたり。たとえば寺田寅彦(2)の文章が面白いのはそこなんですよ。彼は尺八の音響学的研究に取り組んでいたこともあるそうですけどね。そのせいか、耳で聞く言葉と単語の結びつけ方が面白い。音象徴の結びつきで文章を書いているので、「シバ神と酒呑童子(しゅてんどうじ)は似ている」とか、不思議な接続を始める(笑)。
暦本
「し」しか合ってない(笑)。それこそ、喋りながら書いているのかもしれないですね。中村勇吾さんがつくった「ぶーしゃかLOOP(3)」って覚えています?
落合
あー、懐かしいなあ。あれが出てきた頃、僕はまだ暦本研究室の学生でした。
暦本
あれなんか、ラップのオノマトペとペン書きのリズムが完全に融合されていて、異常に気持ちいい。手書き文字の「ハネ」みたいなリズム感が音声と一体化していたり。キーボードで打つ言葉はそういうものを取り去ったデジタルな部分だけなので、こういう面白さはあまり生まれないような気がしますね。
落合
口で喋っているときのノリみたいなものが反映されるキーボードはあり得るな。
暦本
いまは電子ピアノでも打鍵圧によって音の強さが変わりますよね。それを応用する手はあるかもしれない。昔のハードディスクの時代は加速度センサーが入っていたので、ふつうのパソコンでもキーボードを叩くときの打鍵圧が取れたんですよ。実際、落合君が僕の研究室にいた頃、イワサキ君という学生がそれを利用してエクスプレッシブ・タイプライターをつくりました。
落合
ああ、覚えています。
暦本
打鍵圧は人によって違うから、それも含めたパスワードを設定できる。
落合
手書きの筆跡と同じようなものですよね。
暦本
そうそう。自分の打ち方でパスワードを学習させると、別の人が同じ文字列を打っても「パスワードが違います」といわれちゃうんですよね。そういうアナログ感覚の残ったインターフェースは面白いと思います。チャットGPTを相手に「ぶーしゃかLOOP」をやれたら楽しそうじゃないですか。キーボードで「ぶーしゃか」と打ったら、「うー!」とかノリノリで答えてくれたり(笑)。
落合
いまの時点でも、手書き文字で入力できたら、意外と変なノリで会話できるのかもしれないですね。
次回連載は、6月20日 21時に更新予定。