3月/弥生
草の香りに小豆の色。
春の訪れとともにお菓子で邪気を祓う。
3日の雛祭りは、今では女子の成長を祈る行事だが、古くは水辺に出て穢れを洗い流す上巳の節句。この日、宮中の女性たちが野に出て草を摘み、作っていたというのが、草餅。草の香りが邪気を祓うとされていた。アコヤ貝を模した雛菓子、あこや(ひっちぎりともいう)は、雛祭りに貝を食べることに由来するようだ。そして、20日もすると、春分の日を中日とする彼岸。邪気を祓う小豆色のぼた餅を、先祖に供える習慣は、江戸時代に定着。

ヨモギの葉を練り込んだ餅生地で、あんこを包んだもの。平安時代は、ハハコグサを摘んで作っていた。が、“母と子をともにつく”のが縁起が良くないと、ヨモギを用いるように。

春分・秋分の日を中日とする1週間、彼岸の時期に仏前や墓前に供える菓子。蒸したもち米やうるち米を混ぜたものを丸めて、周りをあんこで包んだもので、おはぎともいう。
4月/卯月
桜餅は、江戸の頃から変わらぬ、
桜の季節の定番菓子。
桜の季節は、なんといっても桜餅。その名は古くからあったが、あくまで桜の花を象ったもの。今のような桜の葉の塩漬けで包む形が生まれたのは、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の時代で、向島の桜の名所に立つ長命寺が発祥と伝えられる。瞬く間に江戸を代表する銘菓になり、関西にも伝わった。江戸時代には、花見の風習が庶民の間に広まっている。桜の名所の近くには、茶店が立ち並び、そこで桜を眺めながら、菓子を楽しむようになった。

小麦粉を焼いた生地であんこを包み、塩漬けの桜の葉で巻いたものが、長命寺に始まる桜餅。1830年代に大坂へ伝わり、関西では、桜色に染めた道明寺生地のものが多い。
5月/皐月
家が絶えることなく、
末永く続きますようにと、
端午の節句に柏餅。
5日は、男子の成長を願う端午の節句。もとは菖蒲を冠や髪につけて、その香りで邪気を祓っていたが、菖蒲が尚武に通じることから、武家の節句として尊ばれるように。柏餅が節句菓子として食べられるようになったのは、江戸時代。柏の木は、新芽が出るまで古い葉が落ちないことから、家の継承にとって縁起が良いと、特に江戸でもてはやされた。一方、関西では粽。端午の節句行事とともに中国から伝わったもので、江戸期に菓子として広まった。

笹の葉で甘い餅などを包んだもの。もとはチガヤの葉で巻いており、ちまきという名は、その「ちがやまき」が短くなったものという。羊羹粽、外郎粽、葛を使った水仙粽などがある。

あんこを餅で包み、柏の葉で巻いた菓子。ういろう地で作ったものもある。家の継続を象徴すると好まれた柏の葉は、古くは神様へのお供え物をのせる食器としても使われていた。