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ニッポン“世界メシ”トレンドの現在。アジアの料理を知り尽くした3人による鼎談〜前編〜

インド亜大陸の料理人と交流が深く、本国の食事情にも精通した小林真樹さん、日本のみならず、現地の中国料理もよく知る中村正人さん、そして世界の辺境料理を食べ歩いてきた坂本雅司さん。最強の布陣で、東京近郊のワールドグルメを、歴史から最新トレンドまで語り尽くします。

photo: Tomo Ishiwatari / illustration: Yoshifumi Takeda / text: Yuko Saito

中国地方料理、インド亜大陸各国料理の細分化が進む

坂本雅司

僕は最近、西インド料理に興味津々なんですが、日本で最初に広がったのは、北インド料理でしたよね。

小林真樹

日本に限らず、世界中でそうだったんです。そもそも、ナーンやバターチキンカレーが北インドの郷土料理かといえば、必ずしもそうではなくて。1947年にイギリスから独立した時、外国からの賓客をもてなす料理が必要になって、ムガール帝国時代の宮廷料理や、北西部パンジャーブ地方の料理などを融合させて作ったのが、今の北インド料理といわれるもので、90年代までインドの代表料理でした。

坂本 

なるほど。

小林

それが、90年代後半ぐらいから、IT化に成功した南インド地方の人々が世界に出ていくようになって。ミールス(お米を主食に野菜や豆のカレーなどを食べる定食)をはじめとする南インド料理が広がったんです。

坂本

いわゆる2000年問題に対応するために、日本にも多くのインド人技術者がやってきて。西葛西にコミュニティができ、東京にも広がりました。

中村正人

中国料理も同じです。酢豚や飲茶といった広東料理が世界のスタンダードとして定着したのは19世紀に主に南方の人々が世界に出たからです。

坂本

僕が、南インド料理の次に来そうだと思っているのが、先ほど触れた西インド料理。昨年、東京・京橋にできた〈ボンベイ シジラーズ〉で、グジャラートの地方料理を試したのですが、野菜料理が印象に残りました。

京橋〈ボンベイ シジラーズ〉
京橋〈ボンベイ シジラーズ〉

ムンバイ出身の店主による本格インド料理店。ヒヨコ豆の粉で作るカマンドークラなど、店主夫人が作るグジャラート州の皿は従来のインド料理の概念を覆す。

小林

西葛西の〈レカ〉もそうですね。南インド=ヘルシーというイメージがありますが、西インドには、宗教的に厳格な菜食主義を守る民族が多く住んでいるので、野菜料理がより発達しているんです。料理に甘味を加える文化もあり、味つけも特徴的です。

坂本

ただ、〈ボンベイ~〉は、まだ西インド料理がグランドメニューに載っていないんですよ。

小林

隠れ西インド、みたいな。日本人向けに、典型的なインド料理店をやりつつ、ローカルな料理の実力を隠し持っている店は、まだまだありますね。

中村

中華にもあります。東大島に〈河童軒〉という、おいしい福建出身オーナーの店があるんですけれど、日本人のお客さんが多いので、大々的には打ち出していないんです。だしの旨味を味わう食文化なので、日本人の口にはとても合うんです。

坂本

魚丸と呼ばれる、豚肉入りのつみれ団子なんて、最初に食べた時は、感動した。ただ、最近は福建料理の店も、少しずつ増えている気がします。

小林

魚介や米料理が豊富なバングラデシュ料理もそうですね。コミュニティのある東十条はもとより、埼玉・越谷〈BANI〉や新大久保〈サルシーナハラルフーズ〉など、詳しい日本人がリクエストするようになって、自分たちの料理を主力にするようになってきた。こうしたインド、ネパール、パキスタン、バングラデシュといったインド亜大陸料理のローカル化の流れは、まさに近年のトレンドです。

モンゴロイド系ネパールと、
華北・西北地方中華が狙い目

坂本

新大久保のネパール料理店などは、在日ネパール人が飛躍的に増えたことで、さらに細分化していますね。

小林

西葛西に住むインド人は家族連れが多く、主に家で食べるので、食材店は増えても、飲食店が1ヵ所に乱立することはないんです。でも、留学生など若い人が増えると、彼らを対象にした飲食店が、ターミナル駅周辺に次々できる。今、新大久保だけで20軒以上のネパール料理店が軒を連ねていて、廉価なダルバート(豆カレーとご飯の定食)も当たり前にあるので、細分化せざるを得ないんですね。

坂本

少数民族のタカリー族料理がおいしいといわれていますが……。

小林

多民族国家のネパールは、大きくは、インド系とモンゴロイド系に分かれていて、タカリー族もそうですが、モンゴロイド系は肉食の人たちなので、肉料理なら、圧倒的に後者が旨い。モンゴロイド系グルン族出身のオーナーが営む、大久保の〈ハングアウト〉もそうで、串焼きや干し肉の炒め物など、おかずにバラエティがあります。

坂本

店を選ぶ時の指標になりますね。

小林

それから、ネパール家庭料理〈プルジャ ダイニング〉のように、インド料理も含めて、女性がオーナーやシェフを務めている店も、比較的はずれがないと思います。

坂本

先ほど話に出た西インド料理の〈レカ〉もそうですね。

小林

インド亜大陸の国々は、男は家事に携わらないことが美徳のようなところがあって。料理人の仕事としてタンドールは扱えるけれど、家庭料理は作ってこなかったという人が多い。その点、女性は家庭料理の心得もあるし、細かな仕事を厭わずやる人が多い。

中村

細分化の流れは、中華も同じです。北京(北京ダック、水餃子など)、四川(麻婆豆腐、担担麺など)、上海(上海ガニ、小籠包など)、広東という四大料理ではない地方料理を出す店が急速に増えています。特に、〈味坊〉の人気が象徴的ですが、東北地方や、黄河流域に広がる華北・西北地方など、羊を食べる地域の料理店の勢いがすごい。蘭州拉麺やビャンビャン麺の専門店も増えました。個人的に注目しているのが、中華と少数民族料理がミックスした新疆中華。

坂本

同じ新疆ウイグル自地区の料理でも、ウイグル料理を出している初台の〈シルクロード・タリム〉などとは、違うのですか?

中村

池袋の〈新疆味道〉で楽しめますが、見た目は似ていても、味つけはかなり違う。花椒や唐辛子を利かせていてかなりホットです。

池袋〈新疆味道 東京本店〉
池袋〈新疆味道 東京本店〉

新疆ウイグル自地区出身オーナーが営む清真(中国のハラール)料理店。調度品も食材もほぼ現地から。現地の香辛料と唐辛子を利かせた、看板の大皿の鶏肉煮込みは、手打ちの平打ち麺と。

坂本

中国でいちばん辛いとされる湖南料理はどうですか。高田馬場の〈本格湖南料理 李厨〉は、日本人の舌に媚びない味で、大好きでよく行くのですが、魚の頭の唐辛子蒸しなんて、ほんとに旨い。

中村

湖南料理は増えていますね。新小岩には、貴州料理の店〈貴州火鍋〉がありますが、四川料理が花椒の痺れを利かせるのに対して、湖南や貴州料理は、圧倒的に唐辛子の辛さ。使う唐辛子の種類も多いです。

坂本

高田馬場には、6万軒以上の店舗数を誇る福建発祥のチェーン店〈沙県小吃〉や、四川火鍋の〈賢合庄〉など、カジュアルな店が相次いで進出してきていますが、これも最近の流れといっていいですか。

高田馬場〈沙県小吃 高田馬場店〉
高田馬場〈沙県小吃 高田馬場店〉

小吃と呼ばれる軽食が盛んな、福建省沙県に本拠を置くチェーン店の日本1号店。薄い平打ち麺を、ピーナッツ風味のタレに絡めて食べるバンメンと、極薄の皮が特徴のスープワンタンが、二枚看板。

中村

そうですね。ネパールと同じく、日本で暮らす若い中国系の人たちが増えたことで、ターミナル駅界隈に、現地で流行っている料理がリアルタイムで楽しめる店が増えています。日本人向けにアレンジしなくてもやっていけるので、中国の大手外食チェーンも東京に出店している。内装はポップですし、メニューもQRコード読み取りか、タブレットで、これまでの中国料理店とは違う。中国の現代料理を味わいたいなら、新しめの店もいいと思います。

小林

実はインドにも、世界展開しているチェーン店がいくつかあって、東京でも今大人気の〈スリ マンガラム〉が出しているチェティナード料理のチェーンもあるんですが、残念ながらまだ入ってきていないんです。

坂本

高田馬場は、リトルヤンゴンとして知られていて、〈ノング インレイ〉〈ミンガラバー〉などミャンマー料理店も多いですが、中国からのチェーンも次々進出していますし、ベトナム料理店も増えています。今アメリカや中国で流行っているという広西チワン族自治区の名物タニシ麺が食べられる〈螺友〉もできて、ミャンマー料理以外でもかなり注目のエリアだと思います。先日行った中国北部、遼寧省瀋陽の軽食が楽しめる〈春ちゃん手作り餃子〉も、最近でベストに近かった。

中村

中国の若者に人気のザリガニ料理専門店の〈蝦道〉もありますし。多国籍化が進んでいるのは大久保界隈も同様ですが、中華の最先端を味わうなら、高田馬場かもしれませんね。