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進化するミュージアムグッズ。開永一郎と大澤夏美が語るグッズとショップの現在地と未来

ミュージアムグッズは、ミュージアムのエンドロールであり、使命を伝える一つのメディア。ますます新しく、そして面白くなってきているグッズの“今”をご案内します。ミュージアムグッズ愛好家の大澤夏美さんと、名だたる美術展のグッズを生み出してきた〈East〉の開永一郎さん。グッズとショップを見守り続けてきた2人が考えるグッズとショップとは。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Ichico Enomoto

キーパーソンが語る
グッズとショップの現在地と未来

大澤夏美

そもそも開さんとは、私がリトルプレスを作っていたときに、インタビューさせていただいたのが最初の出会いでしたね。大学院で博物館学を研究していく中で、私の考えと〈East〉さんのもの作りは親和性があると勝手に思っていたんです。当時、手帳に“絶対、開さんに話を聞きに行く”と書いていました。

開永一郎

本来僕らは黒子なので、取材はお断りしていたんです。でも大澤さんの話を聞いたら、こんな本気な人はあんまりいないなと思って。それ以来のお付き合いですね。

ミュージアムグッズは
文化を伝えるメディア

大澤

ミュージアムショップって文化と経営の両輪で進むべきものですよね。ミュージアムは文化、ショップは経営。片方が大きくてもいけなくて、そのミュージアムが文化と経営をどう考えているかが、その場所に表れてくる。

その両立は僕たちも意識しています。世の中にはライセンスビジネスというものもあって、いわゆるキャラクターグッズなどですね。一方で、いま僕たちはロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館主催の『不思議の国のアリス』の世界巡回展(『特別展アリス へんてこりん、へんてこりんな世界』2022年7月16日から森アーツセンターギャラリーで開催)のグッズを作っていますが、それはミュージアムグッズ。

同時にショップには一部ライセンスのものも置かれるはずです。その2つは、似ているようで似ていないのではないかと。いちばん大きな違いは、ライセンスビジネスとしてはとにかくたくさん売れるように作る努力がされている。一方でミュージアムグッズの世界でもショップの収益は大事になっているけれど、数字が最大の目的になってしまうと、本末転倒になってしまう。

大澤

〈East〉さんも含め、その難題に取り組んでいる展覧会グッズにはやはり惹かれますね。

いま取り組んでいる例で言えば、(『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の挿画を描いた)ジョン・テニエルの原画を使ってグッズを作っていますが、例えばマグカップだったら、19世紀のイギリスでも使われていた銅版プリントを使って下絵付けをして、釉薬の下に絵がついているように作っています。

色も3色の微妙に違うブルーを混在させようとしている。そんな手の込んだ非効率的なことはやる必要はないけれど、ミュージアムが伝えたかったことが、物を通じて伝わればいい。そこにグッズの意義があると思っているんです。

大澤

もともとメディアデザインを勉強していたのですが、グッズもメディアなんだと思ったら、その考えがすごく腑に落ちたんです。グッズも博物館のミッションをのせるメディアだし、来館者にとっても、来館者の記憶をのせるメディアでもあるんですよね。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館主催『特別展アリス』のグッズサンプル
2022年7月開催の『特別展アリス』のグッズサンプル。原画のチェシャ猫の絵柄をそのまま3Dにしている。

アクセルじゃなく
ブレーキを踏みたい

グッズは大量生産はしないので価格競争だとどうしても分が悪いけれど、ミュージアムだからこそチャレンジできる場所でもあります。

例えば、アリスのトートバッグは日本で縫製していますが、僕らはできるだけ日本のもの作りの現場と一緒に頑張りたい。僕がこの仕事を始めた35年前に比べると、美濃地方のマグカップを作れる力もすごく小さくなってしまっていて。そういったところにも仕事をコンスタントに作っていけたらよいですよね。それができるのもミュージアムだから。

大澤

以前、ミュージアムグッズのブームに対して、アクセルを踏むのではなくてブレーキを踏みたいというお話をされてましたね。

コロナの流行以前ですが、次から次へとより大きな展覧会が続いて、グッズももっともっと、ということになっていたときに、ちょっと疑問があって。ショップは単に物を売る場ではないと思うんです。グッズの細かな作り方や素材の選び方からも作品や作家の時代背景だったりを表現し、伝えていくこともできるのではないかと。

だから、アリスだったらイギリス的な素材で紅茶を飲むためのマグカップを作る。そういうことがとても大切だと思うし、先ほどの大澤さんの話につながりますが、ミュージアムが伝えるのはホンモノの文化だから、グッズやショップがその橋渡しのような存在になればうれしい。

大澤

すごく共感できます。ここの長谷川町子美術館のショップもそれを体現してますよね。

ショップ併設のカフェのコーヒーカップは絵柄違いで100種類作ったんです。一つ一つに『サザエさん』の原作からテーマごとに選んだ絵が入っている。コーヒー一杯にもこのミュージアムのこと、長谷川町子さんの素晴らしさが詰まっているんです。

地方に広げていく
ショップとグッズの未来

地方の小さな美術館と博物館でも何か面白いことができたらなと大澤さんと話しているんですよね。年間の入場者数が少ないと、どうしてもやれることは限られてしまう。しかし、1館ではできないことも、10館集まればできることが何かあるかもしれない。たぶん大澤さんみたいな全体を俯瞰して知っている人に、これからそういうことが求められるんじゃないかな。

大澤

そうなると嬉しいです。私自身はこれから取り組んでいきたいテーマに「欲望」があります。博物館自体は、もとを辿れば大航海時代に世界中から集めてきたものが展示されていた場所。

つまり、欲望が集まっている場なんですよね。ショップは特に来館者の欲望がダイレクトに出る場なので、それをもっとミュージアムの活動や学びにコミットさせるようにできないかと考えています。来館者の持つ欲望をミュージアムでの学びにつなげられるグッズを考え続けていきたいです。

面白そうですね。本質を理解できるところがミュージアム。そこに来た方に、できる限りその本質を持ち帰ってもらいたい。僕は、そういう場所がこれからも増えていくように頑張りたいです。

East代表・開永一郎、ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美
対談が行われたのは桜新町にある長谷川町子美術館のミュージアムショップ。ショップと併設されたカフェの運営、グッズの監修を手がけるのは、写真右の開永一郎さんが代表を務める〈East〉。

2人が信頼する
ミュージアムショップ

東京オペラシティ ギャラリー5
(開セレクト)

東京〈東京オペラシティ ギャラリー5〉外観
「2022年4月にリニューアルオープンしたショップです。アートブックショップ〈POST〉の中島佑介さんが運営。セレクトも、空間も、グラフィックも素敵です。〈East〉もお手伝いしています」(開)。

大阪市立自然史博物館ミュージアムショップ
(大澤セレクト)

大阪〈大阪市立自然史博物館ミュージアムショップ〉店内
「長年にわたってグッズに前向きに取り組んでいるショップで、虫へんTシャツなどロングセラー商品も多い。けものの歯バンダナなど、博物館活動と絡めたオリジナルグッズのデザイン性が非常に高いんです」(大澤)。