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生産者とバーテンダーと飲み手を繋ぎ続ける。〈memento mori〉南雲主于三

東西の酒や食材の産地を訪ね歩き、人を繋ぎ、新しい味とカルチャーを創り出す。一杯のおいしさを求めて動きは自在。だから俄然、カクテルは面白い。今この時代のトップを行く〈memento mori〉の南雲主于三さんに、話を聞いてみましょう。

photo: Shinsaku Kato / txet: BRUTUS, Nobuko Terada

営業が始まる前、店の片隅にある機械で、フラスコに入った緑色の液体がゆっくり回っている。スピリッツに茶葉を浸漬させ、さらにこのエバポレーター(減圧蒸留器)にかけて低温で再蒸留しているのだ。南雲主于三さんのバーの、仕込み風景。

「スピリッツのうち、例えばウォッカは、僕にとっては白いきれいな紙。テキーラはごつごつした画用紙、ジンは薄い色のついた紙、というイメージ。そこに絵を描いていきたい」

東京〈memento mori〉店内
都内に5店あるバーはそれぞれに目的と機能を持つ。ここはカカオのカクテルを五感で味わうための空間。

カカオは果実。僕らなりに液体で再現する

遠心分離機や真空調理法など、従来のバーでは使われなかった技術、機材、解釈も駆使し、カクテルの境界を広げた“ミクソロジー”。それが南雲さんの絵筆だ。ミクソロジーという言葉を早くから標榜し、店名にも冠してきた。が、その手法にとどまらず、一杯に込める意義は深い。

「おいしいだけではない、カクテルには背景が必要で、それが人の心を打つし、息長く続く。バーは個人の時間の楽しみだけでなく、知的好奇心のさまざまな部分を刺激する場所だと思っています。カカオも日本酒もお茶も、千年の単位で生産が続けられてきて、しかも毎年、作り手が違うものを生み出している。奥が深くて、キリがないものに惹かれる」

発見の体験を分かち合うのがバー、ともいえる。〈メメントモリ〉を訪れた人は、思いがけないカカオの表情に出会うことになる。

「カカオを産出する地域の自然や地域の文化も含めて考えます。特に、その果肉であるパルプと出会った時に、僕は可能性が無限に広がっていると強く感じました。この果実感を飲み物として、僕らなりに再現したい、と」

カカオのほかに、今注力しているのは、一つは茶葉を使ったカクテルの開発だ。その専門店として開いたバー、銀座〈ミクソロジー サロン〉は今、海外からのゲストも多く、予約困難な盛況ぶり。今後の海外展開をも見据え、まず今年はシンガポールに支店をオープンさせた。純粋に日本発で海外にバーを出店する試みは、まだ珍しい。

「いずれは、自動化などテクノロジーを駆使したバーもやってみたい。それと、いつも考えているのは、ウェルネス。お酒と健康って反比例する関係のように思われがちだけど、そうならないように、カクテルに、酔うだけでない価値を作りたい。お酒を飲む人が抵抗なくノンアルコールを選べるように。この“抵抗なく”というところが、大事です」

もう一つ、南雲さんが積極的に取り組むのは、“國酒”、すなわち日本酒や焼酎の、新たな展開だ。多くの蔵元と、プロモーションやイベントで協働してきた。

「カクテルの向こう側にいる人にとってプラスになるか、をいつも考えますね。生産者が潤うか、その商品の品質向上や文化に貢献できるか。製造の細部まで話し合えることは、信頼関係がなければ、できない」

海外からはイタリア、ジョージア、バンコク、香港などから今も次々と仕事の依頼が届いている。ファッションブランド、料理学会、JETROなどの貿易機関、日本茶の生産者、酒造会社など、通常はバーとは縁の薄そうな企業・団体ともどんどん組む。世話役、というのか、人と人を繋ぐことがうまい。

「事業としては、おかげさまでいいスピードで伸びていて、案件が増えています。メニュー開発やカクテルの監修もありますし、ケータリングも、対応できるだけのスタッフ数が揃うので、困った時は弊社に頼もう、と思ってもらえる。カクテルが、より広い場面で求められるようになったということかもしれない」

社会が良くなることを死ぬまでやっていたい

南雲さんは、当初から、組織を拡大するために、バーの事業性を考え続けてきた。職人であり、会社経営者でもあって、技術を駆使するバーは、時にオフィスでもある。

「バーにはフロンティアがある。酒だけでなく、デザイン、設計、アート、教育、コンテンツ……と開拓すべき分野は幅広い。そして、それらを形にする場としては、僕はバーにしか興味がない。まあ一時期カレーパン屋を出したい……なんてことも言ってましたが(笑)。僕たちは“すべての液体をカクテルにする”ということを会社のミッションとして持っています。文化的背景を含めて、という意味です」

コロナ禍にあって、助成金などに関する同業者への情報発信や、国税庁との折衝に奔走した時期もある。

「自分本位ではなくて、秩序やモラルに基づいて活動することが、僕の会社のスタンス。あの時期は、講師としてバーテンダーを招くなどして、スタッフのトレーニングもじっくりやりました。サステイナビリティ、とみんな言うけど、人の持続可能性こそ大事だと考えます」

労働時間も賃金も含めて、スタッフの働き方をきちんと整える。保育や家事サポート、技能研修の費用なども、会社が一部負担する体制を作ってきた。みんなが住宅ローンを組みやすくするために、会社としても信用を高めたい。

「スタッフが安心して働ける、働きやすい会社としてベンチマークのような存在でありたい。企業はどこもそう考えるかもしれないけれど、特にバー業界全体のレベルを上げなければならないと考えています」

会社も自分も、行動原理は社会的意義、と言い切る。

「役に立ちたい。社会が良くなることを死ぬまでやっていたい。そのために、僕も会社もスタッフも、惜しみなく労力、能力を発揮して、気持ちよく仕事の価値に換えていく。そうやって動く時に、大事にしていることは、まず人を尊重することです。組織でも顧客でも、相手のやり方をよく理解することから始めて、それからどうするかを考える」

代表作の一つ「玉露のマティーニ」なら、目指すところは、「透明だが溢れるほどの玉露の旨味を感じる」という領域。素材を尊重し、方法を考え抜くミクソロジーは、南雲さんの生き方の哲学でもある。

東京〈memento mori〉入口
カカオの芳醇な果肉であるパルプとの出会いから着想したバー〈memento mori〉。産地の文化まで一杯に表現する。