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NYから上海、東京、さらに世界へ!バーカルチャーを牽引する、渋谷〈The SG Club〉後閑信吾

東西の酒や食材の産地を訪ね歩き、人を繋ぎ、新しい味とカルチャーを創り出す。一杯のおいしさを求めて動きは自在。だから俄然、カクテルは面白い。今この時代のトップを行く〈The SG Club〉の後閑信吾さんに、話を聞いてみましょう。

photo: Shinsaku Kato / txet: BRUTUS, Nobuko Terada

後閑信吾さんの恐るべきスケジュール!

東京〈エスジークラブ〉後閑信吾のスケジュール
ロックスター?いえ、バーテンダー後閑信吾さんの年間スケジュールです。グローバルなツアーでオリジナルmixを披露しつつ飛び回るこの感じは、トップDJのようでもある。

ここ数年はセミナー、ゲストシフト、コンサルティングと多様な要望に応え、慌ただしく国境を越える日々だ。

「2019年は飛行機に80回くらい乗っていました。結構、身軽に移動してますよ。材料も道具も主に現地にあるものを使うので」

国内の拠点は、渋谷の路地、意外なほど間口の小さなビル。3フロアに、海外からもファンが殺到する。後閑さんにとって、今、日本のバーはどう見えるのだろう。

「日本にバー文化が入ってきて、約100年余り。ほかの分野は変化が激しいけれど、不思議とバーはあまり変わっていませんね。見方によっては、伝統芸能に近い存在にも思える。でも日本のみならず、バーは、クラシックであるというより、これからクラシックを作る段階にあると、僕は思う」

東京〈エスジークラブ〉店内
3フロアのうち「Sip」と名づけたB1は1860年代のNYをテーマに、和の意匠も随所に。

僕の中のさまざまな「好き」を表現していく

確かに、日本のバーは静謐(せいひつ)で、どこか求道的な雰囲気もあり、それが心地よくもある。

「世界が“日本”と“それ以外”に分けられるくらい、日本のバーは独特でしょうね。日本では安らぎの空間として一人のお客さんも多いけれど、海外では、バーはひたすら楽しい場所。僕にとってバーは、心を豊かにする、生活の一部。僕は音楽や建築やファッションが好きだし、今は組織も大きくなったので、さまざまな“好き”をバーで表現しているところです。心にその時あるものを、出していく」

もちろん、カクテルは、後閑さんの重要な表現だ。AIもカクテルを作る可能性がある時代、人間こそが担える技術の進化と、世界に無限にある素材を見出すことが責務であり、楽しみでもある。

「細かいこだわりがどこに、いくつあるのか。シェイクやステアだけじゃない、バーテンダーのあり方が求められている」

SGグループの各店舗、各フロアにはそれぞれにカクテルのバリエーションが用意され、そのユニークさとともにクオリティの高さに定評がある。自身が海外を飛び回る中、カクテルの水準の維持は、どうやって実現するのだろう。

「大事なのはシステム作りです。多くの日本のバーは、譬(たと)えれば寿司屋のようで、客は大将に握ってもらいたいと思って来る。でも、バーテンダーとしてそれを目指したら、自分が動けなくなると思いました。それと、大将一人に頼ると、大量の注文に応える時にどうしてもブレが出る。大将にブレが出なくても、弟子がブレる、あるいは余計に時間がかかる。だから、僕は最初から、仕込みに時間をかけつつ、人ではなく、店にお客さんを呼ぶことを意識しています」

十分に仕込みをして、営業が始まったらチームで仕上げに集中する。寿司屋より、いわばフランス料理店。

「僕のバーでは8割をラボで作って、営業前、提供前に味を見て仕上げる。これでクオリティもスピードも維持できます。そのため、ラボの担当者は本当に重要な役割。熟練したバーテンダーが担当し、店には立たず昼間、この仕事に集中しています」

バーテンダーのロールモデルを作りたい

システム作りの一環として、〈The SG Club〉には顧客の案内に特化した係「メートル・ディー」も置く。グループの、その時々の状況を集約し、満席でもほかの店を提案するなど、巧みに取りさばく。

「僕もアメリカでメートル・ディーをやっていたことがありますが、これはめちゃくちゃ大事なポジション。お客様との最初のコンタクトですから。店の印象がまったく変わります」

当然のことながら、カウンターの内側だけがバーの仕事ではない。ゲストとして時を過ごす側も、店の細かな工夫や創造性に、意識してもしなくても、心を動かされる。照明や、音楽。バーテンダーが一人も同じ服を着ていないのに、同じ雰囲気をまとっていること。

「この照明は何を照らしてるの?というような、細部が気になりますね。音楽も、自分のプレイリストだけではジャズばかりになってしまうので、スタッフと協力して各店、各フロアとトイレ、全部違う音楽を流しています。服装は、僕は“店に合っていればいい”とだけ言いますが、みんなデニムや小物、古着をうまく合わせていますね。ただ、ポケットからプラスチックのボールペンが覗いているとか、靴が汚れているとか、そのへんは注意する」

バーテンダーのロールモデルを作りたいとの意気込みがある。年齢の壁を超えて働けるインフラも整えたい。独立を目指した資金提供や別会社の設立、アワードを獲る支援など、さまざまな形で、バーテンダーの道を開いていきたい、とも。

バーに欠かせないツールや材料にも目を向ける。例えば、木村硝子店の木村祐太郎さんと組んで製作するグラスのシリーズ。脚の短いマティーニグラスなど、液体が美しく映え、飲み手の心をそそるのだが、後閑さんの目配りはさらに細かい。

「美しいだけでなく、バーテンダーが使いやすいものを作りました。薄くても、重ねられる。縁がわずかに欠けても、サンドペーパーでメンテナンスできる。マティーニは、時には武骨なカクテルで、ジェームズ・ボンドは縁を掴んで飲む。だったら脚は要らなくない?と短くしたり」

焼酎の蔵元3社とコラボして発表した「The SG Shochu」も好評だ。

「The SG Shochu」のKOME、IMOMUGI
「The SG Shochu」のKOME、IMO、MUGI。度数を高めに設定、バー仕様に。

「海外で日本のもの作りは評価されているのに、ホワイトスピリッツはまだまだ知られていない。焼酎の、蒸留1回でおいしい酒を造る技術はすごいですよ。世界の巨大なバーのビジネスに、ジン、ウォッカに続いてピスコ、カシャッサと次世代で人気のスピリッツが出てきた。焼酎がその中にあったら、嬉しい。コメ、イモ、ムギと原材料をそのまま名前にして、海外でもそう呼んでもらえるように造りました」

今年は、いよいよ古巣のニューヨークにバーをオープンする予定とか。東京、上海、アメリカ。後閑さんの「好き」の地球儀を、旅したい。

東京〈エスジークラブ〉店内
〈The SG Club〉2階は会員制。世界各地からも、あっと驚くような大物ゲストが夜な夜な訪れる特別なカウンター。