太宰治『HUMAN LOST』
いわばドキュメンタリー版『人間失格』
僕の好きな太宰作品の中でも、特に難解とされる本作。パビナールと呼ばれる鎮痛剤の中毒症で精神科病院に入院していたおよそ1ヵ月間の体験が日記の体裁で綴られた自伝的小説で、かの有名な『人間失格』の基になったともいわれています。
薬物の恐ろしさを啓蒙する資料などによく、中毒の人が描いたとされる線がブレブレで形が歪んだ円が載っていますが、本作はその円をそのまま文章にした感じ。自分がいかに不当に精神科病院に閉じ込められたかが勢いある筆致で書かれた次に、ポエミーなテキストが差し込まれたり。
かと思えば妻への恨みつらみが巧みな文章で綴られたり。とにかく構成が支離滅裂なんです。さらにはへたに知識がある太宰らしく、突然ロシアの文豪や聖書に関する言及も織り込まれ、その難解さに自分は一体何を読まされているんだ……という戸惑いすら押し寄せます。
でもその端々に、プライドの高さから来る過剰な自己愛と、“全部自分が悪いんです”とでも言うような自己否定の両方が垣間見え、その太宰らしさがたまらなく好きですね。
本当に本人が入院していた時期に書いたものか、後に創作で書いたものかはわかりませんが、いずれにせよすべてを理解するのは不可能なので、『人間失格』をドキュメンタリー版で楽しむ、くらいの気持ちで手に取るのがちょうどいいんじゃないでしょうか。