農民と同じ眼差しで、グラスに愛を注ぐ伝道師
海外の造り手の中には、日本に行くことを「ピヨッシュに行くこと」だと思っている人が一定数いるらしい。来日して試飲会や会食をこなし、最後に立ち寄る店。ここからはプライベート、イッツ・パーティ!仕事を終えた他店の同業者もいつしか続々と集結。熱心な飲み手や、ほかのインポーターまで。時に(しばしば)空が白むまで続く宴。その輪の真ん中で嬉しそうにワインを注いでいるのが彼だ。
大学卒業後、レストランで働いている時に、一本のワインに出会う。マルセル・ラピエール。まるで果汁そのもののよう。疲れた体にじわっと染み渡る。のちに本で読み、それが「自然派ワイン」と呼ばれるものと知り、心を掴まれる。フランスへ渡る時も、レストランではなくワイナリーに職を求めた。
それも農家が自分で育てたブドウを醸す蔵へ。1年足らずだが、サヴォワ地方のジャン=イヴ・ペロンで過ごした時間が、自身の店の原型に。建材も家具も木で、温かな照明が灯る室内は造り手たちが暮らす家のよう。その片隅には鍬──フランス語で「ピヨッシュ」が飾られている。
普通の飲み手はもちろん、業界のプロたちまでが彼を頼りにするのは、広く深い知識と経験だ。帰国後はオザミワールドで5年。いち早くこの手のワインを紹介し、レストランにビストロにバーと次々に展開するグループで、店長業務に加えてスタッフ教育や在庫管理まで経験する。さまざまな生産者の変遷やヴィンテージチャートの把握も必須だった。
今も、産地や時代をまたいだ膨大な情報が頭の中にあり、“PARADIS”(天国)とラフに書かれたセラー扉の奥へとつながっている。いつ、誰に、どのワインを開けるか。あまたの選択肢の中から、場を沸かせる、あるいは誰かの胸をぐらつかせる一本(時にマグナムボトル)をすっと差し出す。農民のようないでたちで、DJがキラーチューンを流すように。フロアには人が溢れ、ブドウという自然の恵みを、皆で分かち合うのだ。