デザイン・イノベーション・ファーム、Takramのディレクターであり、「コンテクストデザイン」を提唱する渡邉康太郎さん。
企業のビジョン策定や新規サービスの開発、ブランディングなど幅広く手がける彼は、世の中の見方を変えることが新しいアイデアやクリエイティビティをもたらし、世界を変えると信じている。何度も読む3冊の本には、視点の変化を捉えたシーンや意識させる描写が確かにある。
『人間の土地』
『星の王子さま』の著者、サン=テグジュペリはもともと飛行機乗り。『人間の土地』は、自身が郵便飛行士として、欧州から南米への航路開拓に携わった経験に基づいたエッセイだ。
6章「砂漠にて」の舞台はサハラ砂漠。フライト待機中の夜、外に出ると、無音の闇が広がっている。そこにいる蝶や蜉蝣といった小さな昆虫の存在に、砂嵐の到来を予感するシーンがある。見逃してしまいそうな小さな事象から大きな可能性に気づく、この数ページが、最も気に入っているという。

「昆虫がランプにコツンと当たるという些細な出来事に、大地全体を揺るがしかねないビジョンを見出す。日常生活においても、目の前の大きな変化や奇跡に気づくのは簡単ですが、一見当たり前の物事に新たな目を向ける方が実は難しい。偉大な自然に、想像によって対峙する。荘厳な文章から、著者のそんな視点が見えてきます」
大学時代に手にして以来、付箋だらけ。特に、この数ページは書き写し、コピーし、携帯して歩いた。友達や出会った人に強引に読み聞かせたこともある。原著を読むために、大学時代の第二外国語はフランス語を選んだ。
「数年前、外資系ホテルの仕事で出会った総支配人の苗字がサン=テグジュペリ。もしやと思って尋ねると、やはり親族とのこと。後日改めて、仏語版の写しを持参しサインをお願いしたほど、何回も読んできた一冊です」

物理学者で文学者のアラン・ライトマンによるエッセイ集『宇宙と踊る』にも、思いがけない視点の変化に、ハッとさせられる描写がある。「ほほえみ」に描かれた、霧でかすむ湖で男女が対峙するシーンがそれだ。
「その瞬間、スーパースローのように、互いの存在を認識するまでの眼球や神経系の動きなどが詳細に描かれます」
人と人との出会いを科学的な視点から淡々と解説するものの、10秒後、なぜこの男女が微笑み合うか、そのメカニズムはわからないと締めくくる。科学的な描写から対比的に、一転、エモーショナルな視点が立ち上がる。
さまざまな地を訪れ、人との出会いや会話をまとめた吉田健一の『旅の時間』は、「エッセイと小説が、つまり、現実と想像が入り混じっているかのよう。句読点が少なく、いつまでも続く一文を読み進めると、現実と創作の視点を行き来しているようで、心地よくトリップできます」と渡邉さん。
既知を未知に変え得る視点を、いかに携えるか。新しい物事に対峙する時、繰り返し読んできたページを繰れば、視点を変えることで世界はいくらでも開けると、本は何度でも教えてくれる。
