あるラジオ番組で“本を読んで新しい考え方や視点、知識を得る”と発言していたバンド、ラッキーキリマンジャロの熊木幸丸さん。クリエイティビティに富む音楽性を養っているのは一見難しそうに見える3冊の愛読書だった。
『クリエイティブ・マインドセット』
東京の同じ大学の軽音サークルの仲間で結成した6人組バンド、ラッキーキリマンジャロでボーカルを務めている熊木さん。作詞・作曲もこなす自らの視点を広げるために何度も読んでいるという本は『クリエイティブ・マインドセット』『文体練習』『偏見や差別はなぜ起こる?』の3冊。
「並べると読むのがおっくうになりそうなタイトルの本ばかりだけど、どれもすごく読みやすいんですよ。難しい本が得意じゃない自分でも楽しく読めているので」と教えてくれた。
「そもそも僕が本を読むようになったのは、社会人になってからなんです。ITの会社に勤めている頃に、自分の引き出しの少なさを痛感して悩んでいたら、上司がいわゆる自己啓発本をいくつか紹介してくれて、それらを読むことで改善されていった。今でもそういう本が基盤になっています」
アップルやサムスン、P&Gなどのグローバル企業を支えてきたデザイン会社IDEOの創業者、トム・ケリーとデイヴィッド・ケリー兄弟が手がけた『クリエイティブ・マインドセット』はその頃に出会ったものだ。
デザイン思考を知ることで
恐れることがなくなった。
「アップルの初代マウスを作った兄弟による、想像力・好奇心・勇気のノウハウを身につけるための本なんですが、僕はこの本で失敗を恐れずに行動するマインドを身につけることができました。恐怖を克服する方法なんかが書かれていて、中でも面白いと思ったのはMRIの話。
MRIって子供が入ると絶対怖いじゃないですか?でも装置自体をディズニーランドにあるようなデザインにしただけで、子供が明日も入りたいって言うようになるというんです。あとは蛇が怖くなくなる方法なんてのもあって、最初はガラス越しに対峙、次に蛇の行動を観察するといった流れが書かれていたりするのも好き。著者はこれらをデザイン思考と言い、つまり視点を変えれば恐怖も克服していけるということがわかるんです」
熊木さんが会社員から歌手に方向転換したその思い切りにも、この本が与えた影響が読み取れる。メジャーデビューした今も作詞や作曲など、モノ作りをするなかで「人からどう見られているかを考えると怖くなるときがある」らしく、この本から得ているものは相変わらず多くあると話す。
「『文体練習』も『クリエイティブ・マインドセット』と同様に想像力や、好奇心が広がる。ただこの本は読書という感覚とは違う気がしますが……。
1つのストーリーを99通りの文体で表現する、という本なんですけど、それだけ聞いてもピンとこないですよね。“バスに乗っているとき、首が長く奇妙な帽子をかぶった男ともう一人の乗客との口論を目撃する。2時間後に、同じ人物がサン・ラザール駅前で友人から『オーバーコートにもう一つボタンをつけるべきだ』と助言されているのを見かける”という出来事。
この1つのストーリーを主観的に書いているページもあれば、客観的に書いているものもあり、ほかにも関西弁や、ギャルの言葉、俳句だったり、さらには回路図で描かれたページがあったりする。フランスで1940年代に生まれた本だから原作はフランス語なんですけど、これを訳者が日本語にアジャストさせていってるのを考えるだけで面白い。タイトルこそハウツーだけど、数回読むくらいじゃ理解できない。
どちらかといえば、本というよりアートを見る感覚。それくらい読む楽しさも味わえるうえに、理屈で書かれていないから頭をすごく柔らかくしてくれる。僕の場合はツアーの帰りですけど、仕事の帰りって疲れているからあまり強い言葉を読みたくなかったりするじゃないですか。
でもこの本は、リズムがあって、歌に近いから気軽に読めるんですよ。そして読む時々によって笑えたり、驚かされたり、すごいと思える文体が違ったりするのもいい」
人と関わるうえでの
広い視野も身についた。
恐れを克服できる『クリエイティブ・マインドセット』に、頭を柔らかくしてくれる『文体練習』。そして熊木さんのクリエイティビティを高めるうえでもう一つ欠かせない本に『偏見や差別はなぜ起こる?』がある。
「この本は、人は無自覚に差別や偏見をしてしまっているというのを出典も含めてすごく丁寧に提言しているんです。差別や偏見はしない方がいい!と言っている人ほど、気づかないうちにしてしまっている、ただ自分は差別をしてしまうということを自覚して、その性質を理解することで抑制できると教えてくれるんです。
結果的にそれが人とのコミュニケーション方法の可能性も広げてくれる。3冊とも思考を広げたり、変化させたりすることを目的にしているものだから、初めて本を開くと“へえーそうだったんだ”と驚かされることばかり。それが何度も読むにつれて“そうだよね”って当たり前に共感できるようになってくる。そこで、ふと自分がその本に近づいてきたことも実感できるんですよね」