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小説家・乗代雄介が語る、わたしの百読本「好きこそがすべてに勝ると教えてくれる」

読書家たちが何より大切にしている百読本。小説、歌集、伝記、実用書、エッセイなど、ジャンルも本との向き合い方も人それぞれ。何度もページを開かせる特別な本だけが持つ引力について、読書家の言葉から探ります。

Photo: Tomo Ishiwatari / Text: Hikari Torisawa

実在する作家や作品、エピソードを引き、潜ませ、呑み込ませるがごとき作風からも圧倒的な読書量を窺わせる乗代雄介さん。小説『最高の任務』にも登場する在野の考古学者・相沢忠洋の著書に惹かれ続ける理由って?

『「岩宿」の発見』

乗代作品の読者ならば、相沢忠洋という名にピンとくるかもしれない。日本列島における旧石器時代の存在を証明した学者の随想との出会いは?

「『最高の任務』をちょこちょこ書き進めていた2018〜19年に岩宿博物館で見つけました。小説に入れ込むつもりはなかったんですが、結局かなり読み込んで、あの時期だけで10周以上したのかな。『赤土への執念』という相沢の本とともに小説にも引用して、以来、何度も読み返しています」

岩宿遺跡が位置する土地と、『十七八より』から数作にわたって登場する主人公の名前が同じなのは……。

「偶然なんです。野草からとって阿佐美とつけたんですけど、後から知ってこりゃいいやって。相沢忠洋のことは、子供の頃にジュニア向けの伝記を読んだり、塾講師時代に読書感想文のサブ課題図書に選んだりもしていて知っていました。

対象への熱意や情熱が外聞やお金や生活よりも優先されるという生き方と、誰かに見せるためにやるんじゃないという姿勢に惹かれて集中して読むようになったのがここ数年のことです。

相沢みたいに、小・中学生くらいの子供が一人で博物館へ行くのも、仕事もしながら、群馬から東京まで自転車で、しかも日帰りで行き来したというのもよっぽど突き動かされるものがないと無理ですよね。ゲームを買って家まで走って帰るときみたいな、ああいう楽しさが大人になってもずっと続いていた人なんじゃないかな」

小説家・乗代雄介

考古学者と作家を結ぶ、
好きなものに打ち込む力。

考古学者の人物像は、作家・乗代雄介に重なるところも多そうだ。

「そうだったら嬉しいです。『旅する練習』で、目指すべきものに自分を合わせるという生き方について書いたのもしっかりこの本の影響を受けていて、自分もそう生きたいし、子供たちや若い人たちにもそうあってほしい。近頃“実家の太さ”が話題になったりしますが、太い、細い以前に、相沢は家族が離散して自分は奉公に出され、実家なんてないような状態。それでもやる。

好きだという気持ちがすべてに勝つ。諦めたものもたくさんあったと思いますが、こんな人がいるということにグッときてしまう。何万年も前の日本に人がいて、そこで何かを思っていたということが文字がなくても残っている。それを見つける人間がいるということにも希望を感じます。

それに相沢の場合、たとえ発見という結果を得られなかったとしても同じことをやっただろうなとも思えて、それがまたいい。僕自身、学ぶことって一人でやるもんだろと思っている節があって、だからこそ味方を探すようにして本を読む。

生きている人だと相互の関係が面倒だというのもあり、自分はひたすら一方通行のものから受け取ってきたという自負があるので、そういう人たちを信じて本を読み、書くことに時間と労力を使っていきたいと思っています」

相沢を小説に書く理由についていわく、「岩宿遺跡を発見したあとにも不遇といえる時期が長くあって、そこでも変に自己主張することも、自分を曲げることもせず初志を貫き切った。そこに憧れると同時に、どういう人なのかという興味が尽きないので、読み、書きたくなってしまうんです。

自らが辿るべき道について、“関東ローム層中の未知の石器文化が、現実の日本の考古学という学問の世界にうぶごえをあげて歩みはじめ、それをより健全な姿に育てあげていくこと”と書き、“孤独だった少年の日から心に求めてきた一家団らんへの思慕ということが遠大な世界のなかにひろがり、さらに、そのなかになお追い求めていくこと”とも書く。

研究も小説を書くことも一人でやることだけど、社会との関わり合いでどうしてもそれだけではなくなるときが来る。書いたものを変えなければいけないことだってある。そんな葛藤を抱えたとき、道は2つあっていいんだとこの言葉に教えられました。思いを遂げることと、学問が人の目にさらされることのどちらも自分の道にできる、自分に含められるんだと思わせてくれた本でもあります」。