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人類学者・磯野真穂が語る、わたしの百読本「究極の「他者」から解く、人類学が面白い」

他者と共に生きるとは、どういうことか。人類学を通して、そのあり方の多様性を捉えようとする磯野真穂さん。軌を同じくする学者が、人類学の本質ともいえる「見知らぬ他者との出会い」に向き合った一冊を何度も読んでいる。

Photo: Ayumi Yamamoto / Text: Asuka Ochi

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この本がとりわけ興味深いのは、人類学者が考察する「他者」が、その究極といえる宇宙人であるということだ。

「宮野真生子さんと私の共著『急に具合が悪くなる』の中で、宮野さんがキーワードにしていた“出会い”というのが頭の中にあって、たまたまこの本を手に取りました。

『見知らぬものと出会う』

人類学者が宇宙人との出会いを考えるなんて、ちょっとぶっ飛んでいるんですが、実は本質的でもあるんです。他者というのは、自分とは違う“不可知性”と同時に、同じ側面も見出せる“了解可能性”があるから“他者”なわけですよね。

宇宙人は、絶対にわかり合えないかもしれないけれど、もしかしたらわかり合えるかも、という真逆の可能性を両極端に引き伸ばした形で持っている。だからこそ、それとの出会いを突き詰めていくことで、私たちが初めて誰かと出会う時に何が起こっているのかを考えられるはずだというのが、この本がやろうとしていることです」

もともとSF好きの著者が、そもそも宇宙人とは何かを検討し、数ある作品中のファースト・コンタクトの例を挙げながら人間と宇宙人との出会いを分析していく。我々が全く知らない他人と出会った時にコミュニケーションの方法を探るそのありようを、宇宙人という極端な存在から照らし返すのだ。

人類学者・磯野真穂

「出会いの瞬間というのは、どっちに行けばいいかわからない相互行為の特異点であるという話も面白い。その瞬間、ある意味何をしてもいい状況だし、何をしたらいいのかが読めないから、ワクワクするし、怖い。その衝撃を減らしてくれるのが挨拶なんですよね。

例えば、“こんにちは”と言ったら、相手も“こんにちは”と返す、共通の規則を共有することで相互行為は成立する。でも、その反復だけだと永遠に“こんにちは”を言い続けることになるから、話題を少し変えたり、これまでをベースに少し違うことをしますよね。これを著者は、“共在の枠”と“投射”というキーワードを使ってしっかり言語化している」

本の中で著者は、相互行為とはこういうものだという普遍性を見ようと試みる。

「多くの研究書が民族ごとの相互行為の紹介にとどまる中、その手前で何が起こっているかをこの本は問うている。そのすごさもあって何度も読み返しました。

感情的なことを一切出さず、論理の展開を進めた著者は、本の最後、相互行為とは、根拠はないけれど未来に何かがあるはずだという身ぶりがないと成り立たず、それは一般的には、愛とか信頼と呼ばれるものだろうとして章を閉じています。宇宙人との相互行為を論じてきた最後、“愛と信頼”という言葉でしか説明できない何かが出てしまうということに、同じ研究者として感動しました」

絆やつながり、多様性というものが叫ばれる現在だからこそ、その根本を考えることが大切だという磯野さん。

「絆がある状況とは何か、他者との共存がどのように可能になっているのか、道徳観に行く手前から考える人はあまりいません。でも、そこから語れるのが、人類学の面白いところなんです」

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