ベストセラー、16万部。1986年の刊行以来、『赤めだか』(立川談春著)に抜かれるまで、戦後最も売れた落語本ともいわれた。
『師匠、御乱心!』
「僕が学生の頃は古本でしかなくて、手に入れた時は“伝説の名著が!”って興奮しました。しかも、面白い。“この世界を知ってるのは、オレだけだ”ってほのかな選民意識も味わったりして。単にその話ができる友達がいないってだけだったんですけど(笑)」
タイトルにある「師匠」とは昭和の大名人、三遊亭円生。伯山さんがラジオで高座を聴き、落語に興味を持つ契機となった落語家でもある。この円生が1978年、落語協会分裂騒動を起こし、弟子たちも巻き込まれていく。
「よく“師匠選びがすべて”といわれますけど、この本が衝撃なのは、師弟の良い面よりも、むしろその毒々しい感じを嘘偽りなくさらけ出しているところ。しかも、円生師匠の芸がすごいというその一点において、尊敬は変わらないまま。そこにグッときます」
著者の円丈は、新作落語の巨星として知られ、出版された落語論も多い。
「落語界で過小評価されている一人だと思います。まず、円丈師匠の新作は面白いし、ずっと攻め続けている。ちょっと爆笑問題の太田(光)さんに近いところがあるかも。この本も、普通なら表に出しちゃいけないことまで書いてある(笑)。
でも、暴露本とも違うんです。
あとがきにも書いてますけど、正直いくら売れても本人にはダメージの方が大きい(笑)。それでも書かざるを得なかったんでしょう。騒動や師匠の死からこの本を書くまで7、8年経っている。そうしたリアリティも、読めばビンビンに伝わってきます」

兄弟子である五代目三遊亭円楽との因縁も、本書の読みどころだ。
「五代目の円楽師匠って、パブリックイメージはいいと思うんです。でもこの本では、“世間に対してはいい顔をしつつ、業界では……”っていうふうに描かれている。円丈師匠の主観なんですけど、でもまあ、そうなんだろうなと(笑)。
一方で円楽師匠のスルー力もすごくて、この本がどれだけ売れても、一切反論せず、平気な顔で善人をやっていたそうです。献呈されたこの本を、円楽師匠が一読して破り捨て、でも気になるのでもう一回ゴミ箱から拾って、腹立つからまた破り捨てたって話があるんですけど、いったい誰がそれを見てたんだ?っていう(笑)」
伯山さんは、寄席演芸の世界に身を置いてからも、折に触れ本書を読み返してきた。
「中に入ってわかったのは、本当に包み隠さずに書いてあるなってこと。もし僕だったら、半分以上カットしています(笑)。次、読み直すかもしれないのは、円丈師匠の身に何かあった時でしょうね。
あるいは、誰かが円生という名跡を継ぐタイミングか。落語って、基本的に失敗の話なんですよ。失敗を笑いに変える。この本もある意味、落語家同士の大失敗の話なので、究極の落語といえるかもしれないですね」