〈銀座ウエスト本店〉の喫茶室は特別な場所だ。喫茶を愛する若者にとってはいつの世も憧れであり、長く通い続ける常連ならば、大事な打ち合わせにはまず、ここを指定する。
外堀通り沿い、ブルーの看板が目をひく店頭の販売ブースで、ふくふくとしたシュークリームやサバランに見惚れながら喫茶室のドアを開けると、中は一面、ベージュトーンの世界。背もたれの高い、独特のフォルムの特注チェアが客を出迎える。
これは「さほど広くない店内で、隣の客を気にせず寛げるように」という配慮から考え出されたバランスだそうで、なるほど腰かけてみると不思議に落ち着ける。店内には大きすぎず小さすぎず、絶妙の音量でクラシック音楽が流れ、名曲喫茶時代の面影を伝えている。
そして、きちんと客の目を見ながら案内するウエイトレスの誠実な接客態度に、「ああ、お行儀よくしなくちゃいけないな」と少し自分を戒めるのだ。
超高級レストラン〈グリル・ウエスト銀座〉を前身に、1947年に誕生した洋菓子舗〈銀座ウエスト〉は、洋菓子とコーヒーのおいしい店として70年の時を刻んできた。この店を単なる“レトロな喫茶店”と思うなら、それは大きな見当違いだ。
テーブルには折りじわのない真っ白なテーブルクロスが敷かれ、運ばれてくるカトラリーやシュガーポット、ミルクピッチャーなどのシルバー類は、一点の曇りもなくピカピカに磨き上げられている。これを維持していくためのスタッフの仕事量はどれほどだろう。
こうした一流ホテルやレストランと変わらぬ設えが店内に心地よい緊張感を生み、ある種の品格を醸し出している。
喫茶メニューもよく考えられた名作が多く、例えばサンドイッチなら、具材はもちろんマヨネーズから自家製であり、ハムは三島市の工房に依頼し、ほぼ無添加で作られている。
パンは白パンかライ麦パンから選べ、お好みでトーストも可能。傍らにはレモンが添えられ、それをキュッと搾ると爽やかな香りが立ってしみじみとウマい。サンドイッチの一皿を味わうだけで、いかにこの店が「行き届いているか」がわかるはずだ。
接客から毎日の試食まで。
社是の「真摯」が語るもの。
店頭で販売するお馴染みのドライケーキ(焼き菓子)や生ケーキと同じく、喫茶室で提供するメニューも人工香料や着色料を使っていない。添加物を極力使用しないことを信条としているのも、「本物を出す」ことにこだわった先代の精神を受け継ぐものだ。
おいしいと評判のコーヒーは、長年付き合いのある自家焙煎店でブラジルをベースに4種の豆を配合し、専用のブレンドを用意している。抽出はハンドドリップで、1回で5〜6人分を抽出し、「淹れたてが一番おいしい」という思いから15分の間に提供する。
ウエイトレスが「コーヒーいかがですか?」とにこやかに客席にやってきたら、遠慮なくいただこう。
だって、コーヒーや紅茶はお代わり自由なのだ。ちなみに意外と知られていないが、ロイヤルミルクティーやカフェオレなど、メニューにあるドリンクはほぼすべてお代わり自由。この懐の深さこそ〈ウエスト〉の心意気なのだ。
素材への探究心も旺盛で、沖縄産の稀少なパイナップル、ゴールドバレルや長野産の巨峰など、生ケーキに使うフルーツは、農園と直接契約して良質なものを確保する。ドライケーキの代表作・ヴィクトリアも、主役となるイチゴジャムの材料が決まっているというから驚く。
宮城県亘理町のとちおとめでないと、あの鮮やかな赤みも絶妙な甘酸っぱさも出ないのだそうだ。
そして生菓子も焼き菓子も、毎朝必ず試食。一つのアイテムごとに担当者が決まっており、各自が味見し、その日の仕上がりをチェックするそうだ。この誠実さ、実直さ。まさに社是の「真摯」な姿勢そのものだ。
70年の歴史は、ただ変わらないだけではない。よき伝統を継承しながら、一方では柔軟に、アクティブに進歩する。それが〈ウエスト〉がいつもおいしく、心地よい理由なのだ。だからこそ銀座という街で、常に特別な場所であり続けるのだろう。
〈銀座ウエスト本店〉の
7つの秘密。
喫茶店として70年の歴史を紡ぐ店は、銀座広しといえど稀少である。なぜ〈ウエスト〉の魅力は色褪せないのか?
店を牽引するキーパーソンである2代目社長・依田龍一氏に、成り立ちから小さなナゾまで伺ってみた。やはり、良い店には理由がある。