Visit

「喫茶文化を残していきたい」。京都〈六曜社〉店主・奥野薫平さんに話を聞く

そこがカフェだろうが、サードウェーブのコーヒースタンドだろうが、コーヒー専門店だろうが、喫茶する心を持った人々にとって、くつろいだり気分を変えたりできる場所はみな喫茶店なのだと、ここではあえて乱暴に言い切ってみる。居心地のいい喫茶店には顔の見える店主がいるものだ。カウンターの向こう側に立つ彼らは何を考えて、人々の喫茶する心を満たそうとしているのか、コーヒーを飲みながら耳を傾けよう。

photo: Machiko Kirimoto

連載一覧へ

続いてきた文化を引き継いで
さらに発展させることが使命

自分が経営していた店〈喫茶fe カフェっさ〉を畳んで、奥野薫平さんは亡き祖父が創業した〈六曜社〉を、半年ほど前に継いだ。〈六曜社〉は1階と地下があり、地下は父・修さんの店である。内装は似ていても、営業スタイルはかなり違っている。

「地下は一人一人の空間や時間を大切にしています。コーヒーも父が焙煎した豆を1杯だてでつくります。1階はいわゆる喫茶文化。サロン的でいまでも相席は当たり前、コーヒーは早く出てくることが重要なので10杯だて。ぼくが自分でやっていた店は、どちらかというと地下に似てて、テーブルの時間を護るタイプでした。でも、いつかは〈六曜社〉で喫茶文化を残していきたいという考えが、ずっとあったんです」

家業を継ぐように強制されたことはなかったが、祖父と父と自分の3代揃って〈六曜社〉をやってみたいという希望を持っていた。アルバイトとして勤めた老舗喫茶店で、創業者の店に対する強い思いに触れ、それを息子が継いでいく過程を間近で見て、家族の仕事を護り発展させていくことにさらに関心が深まった。

「アルバイトをしていた喫茶店では先代から継いだ息子さんが、店を発展させていきました。その過程で、先代から創業者の喜びと寂しさみたいな気持ちをじかに聞けました。変えていかなければならないこともあるし、でもどれだけ残せるのかということは、変えることよりさらに難しい。やっぱり残したいものを受け入れてもらうには、強い信念を持っていないといけないですね」

自分の店によく来ていたお客さんがときどき〈六曜社〉を訪ねてくれるが、中には違いを感じて帰っていく人もいるようだ。

「正直、悔しさはあります。でもいまは伝統に価値を置いてやっているから、それを理解してくれて、またふらっと寄ってもらえたら嬉しいです。若い人は勉強ができるカフェなど、閉じこもる空間が中心になりがちですが、相席をすることで情報交流ができたり、何かに気づいたり、そういう少し雑なテーブルの時間が楽しいという喫茶店の在り方を、きちんと魅力として伝えられるのがマスターなのだと思います。コーヒーを介してその人の人生を預かれるくらいの人間」

尊敬してやまない祖父もそういう人だったという。情熱からくる力みが消えたとき、カウンターの向こうで微笑む薫平さんを、皆が自然にマスターと呼ぶだろう。

連載一覧へ