覚悟を決め向き合った、読み、考え、書くこと
人生で一度だけ、友人の結婚式でスピーチをしたことがある。珍しく緊張したのをよく覚えているが、それはきっと「僕のミスによって他人のお祝いを台無しにするわけにはいかない」と思ったからだろう。
自分の作品は、いわば自分の結婚式のようなもので、僕のミスによって僕の作品が台無しになってしまうのは仕方ない。僕が責任を取ればいいだけの話だ。ただ、巻末に付されている「解説」となると話は別だ。
誰か別の人が命を懸けて書いた本を、赤の他人である解説者が台無しにするわけにはいかない。著者の狙いや想いや祈りのようなものを可能なかぎり正確にすくいとって、これからその本を読む人や、その本を読み終わった人の知的好奇心を満たす文章を書かなければならない。
本書は僕が生まれて初めて(そして今のところ唯一)「解説」を書いた本だ。まだデビューしたばかりで、文庫の「解説」がどういうものなのかわからないまま、また「どうして自分に依頼が来たのか」もわからないまま、リチャード・パワーズの本で、訳者が柴田元幸さんであるという事実に興奮して「解説」の依頼を引き受けてしまった。
引き受けてから、僕は「解説」という仕事の重さ(と、それに見合わない原稿料)に気づき、どうしたものかと思い悩んだ。本文を注意深く読み直し、著者と訳者の次、世界で三番目にこの本について真剣に考えた人間になろう、と覚悟を決めた。
「解説」としてうまくいっているかどうかは今でも自信はないが、当時の自分のベストを尽くしたという感覚だけが残っている。