誰でも作り手になれる、リトルプレスの独創世界へ
岡部史絵
初めてZINEだと意識したのは、スイスの出版社〈Nieves〉の本だったと思います。〈ユトレヒト〉が代官山にあった2000年代中頃、五木田智央さんやマーク・ボスウィックなどアーティストのアイテムを扱っていた〈poetry of sex〉で手にした記憶があります。
黒木晃
僕は大学時代に『relax』や『STUDIO VOICE』で知り、〈ユトレヒト〉やオンライン書店で見たのが最初でした。中でも〈Nieves〉のシリーズはインパクトがありましたね。
小規模だけど好きなことを好きな作家とやるという方法があるんだと、とても自由に感じたしワクワクする世界観にのめり込みました。
岡部
昔も今も錚々たる面々の本を出版しているのがすごくて、ステファン・マルクスやジェフ・マクフェトリッジ、横山裕一さんなどのアートブックを出版していて影響を受けました。
〈Nieves〉が2004年から継続的に発行しているZINEシリーズは、A4中綴じのモノクロ印刷の簡単な冊子だけれど、ディレクターの感覚が反映されていて、ZINEの後に作品集が出版されるケースがあるのも面白いなと。
でも、こうしたZINEカルチャー自体はずっと以前からあって、そもそもは売り買い自体が目的ではなく、自分がこういうものに興味を持っているということを伝えるコミュニケーションツールが始まりとされているんですよね。
黒木
それで言うと最近、友人が日記をZINEにして渡してくれたりするんですけど、そういうのがやっぱり面白い。内容はBTSにハマっているとか、取るに足らないことほど、読んでいて楽しいです。
誰もが本で表現する時代
岡部
ここ数年、TABFのようなイベントが一般的になってきているのは、SNSの普及で自己表現が身近になったことや、携帯のカメラの性能が良くなったり、コロナ禍で自分自身と向き合い、手を動かす時間が増えたのもあると思います。
受け手側の垣根も低くなって、アートにこだわらず親近感のある内容や面白いものを求める方もいるのかなと。
黒木
イベントの認知度が上がり、より幅広い層のお客さんや出展者が増えていると感じます。また、最近はネット印刷も気軽にできるようになり、自費出版の質も高まっています。
ただ、あえて言えば、本の独創性や面白さはそれとは別のところにあるかなと。個人的には、粗削りでも、ユニークな発想や過剰な熱量に溢れているものに魅力を感じます。
岡部
傾向として綺麗なものは増えましたよね。でも、意外と難しいんですよね。人となりが見えるものだから、本人が面白くないと面白くない。一発勝負的なところもあるので、普通に本を作るよりも、センスを問われるものだなと思います。
黒木
今までは自己表現の一つとして作るのが主流でしたが、最近は特に若い世代の活動の中で、ジェンダーや政治の問題などを発信する人も増えてきています。同じ価値観を持つ人と、信頼できるコミュニティの中での連帯を強めるために本を作るという動きもありますね。
岡部
日本では社会的な問題に対する考えを、ZINEやアートブックへ落とし込むことは海外に比べて消極的でしたが、反戦やジェンダーや差別の問題を自由に表現する人が増えたように思います。
あと最近は、海外で撮影した写真でなく、日常生活の記録だったり、自分の半径1㎞以内の出来事を本にする人も多くなったのかなと。それぞれが好きなことや身近にある発見を、思い思いに表現する独りよがりな感じが、ZINEの真骨頂だと思います。