川名潤
まさかの魔術師、アレイスター・クロウリーで1冊かぶるとは、恐ろしいですね(笑)。僕が持ってきた『麻薬常用者の日記』は、80年代にH・R・ギーガーの絵を使った装丁で出たものが、3冊に分かれて再販されたんですよ。これを全部買って帯の端に付いている応募券を送ると、函(はこ)がもらえるんですね。
コバヤシタケシさんのデザインで、ウィリアム・モリスの「いちご泥棒」という有名なテキスタイルにある鳥の頭がドクロになっているんだけど、とてもいいなぁと。
吉岡秀典
同じクロウリーの『法の書』は、ページの半分以上がオレンジの紙で袋とじされていて、覚悟のある人だけ開封しろ、というもので。2003年に当時と同じ仕様で再販されたんですけど、よくこれを、と。封印のアイデアは、Chim↑Pomが福島第一原発の帰還困難区域を舞台にした『Don't Follow the Wind』のアイデアソースになってます。
川名
『法の書』もそうですが、見せないって大きな一手というか。僕もよくそういうデザインを考えるんですけど、そこで必ず“見せたい側”の編集者と意見が分かれるんです(笑)。
松本久木さんが装丁した『山山』は、帯のコピーが表紙だけでは読めなくて、裏側に続いていく。本屋に並んだ時に帯が風景化してしまうところを、どうにか手に取らせて裏側を見させる手段として、表を最小限の情報にするというのが優れていてカッコいいなと。
吉岡
文字の見せ方に対する編集者のアレルギーは減ってきていますね。
川名
ここ数年で予算の問題もあって装丁としてできること自体は圧倒的に減っていますよね。だからこそ、体裁のハッタリでないところに熱量を注ぐということが必要で。最近出た『ロルカ詩集』は、グラフィックデザイナーの鈴木哲生さんの装丁で、造本もものすごくシンプル。帯もなくそのままで売っているんですが、タイトルから出版社名に至るまで、すべてが鈴木さんの手書きのタイポグラフィになっているんです。文字という一点突破の熱量が素晴らしいなと。
ほかに、僕がただただ好きなのが『BUTTER』ですね。新潮社装幀室の装丁ですが、とても手触りが良くて。表紙の加工が独特で、ヌメヌメしているんですよ。これたぶん、すごく冷やしたら、冷蔵庫から出したバターみたいになるんですよね。ストレートなタイトルと、女の子の髪をバターに模した装画、手触りで、徹底したバター感を表している。
吉岡
面白いですねー。
川名
もう一つ『五輪と戦後』は、水戸部功(みとべいさお)さんの装丁です。このテーマの本で、亀倉雄策のオリンピックポスターのパロディをやっている。しかも、縁ギリギリの黒い丸という的確な手つきで。本が持ち得ることができる文脈を最大限に形にするという、粋な装丁がすごく好きですね。本の裏側に、装丁をした人の計画や態度が見えてくる。
吉岡
本が出来上がるまでの作り手の試行錯誤が伝わってきますね。
川名
裏テーマがあるのはいいですよね。最近の潮流としては、矩形や丸を使って、一つの画面を作るというのもあります。その流行はグラフィックデザインにもあって、グラフィックデザイナーで装丁もする人が、本の方にその感覚を持ち込んできているのを最近よく見ます。佐々木俊さんが装丁した『わたしの嫌いな桃源郷』の四角を組み合わせて作ったデザインもそうですね。
吉岡
このあたりのやり方は、書店で目を引きますよね。
定石を上回る、熱量のあるデザイン
吉岡
『図説日本の洋学』は、僕が本を作るきっかけになった杉浦康平さんが装丁を手がけた大好きな本。鎖国の時に日本に入ってきた海外の言葉を解読していますが、きちんとしたグリッドの中に、味わいのある図版がハズシのように入れ込まれている。洋学が危険を伴ったものとして伝わってきたという、後ろめたさみたいなのも感じられていいなぁと。
単純にカッコいい文字がたくさん出てくるので素材としてもよく開いています。杉浦さんの作り出す本の世界観で自分の中の美意識が作られている気がします。
川名
僕もそうでした。細かく見ていくと意外ときちんと正攻法でやっているんだけれど、出来上がった総体を見ると見たことのない感じに仕上がっている。モダンデザインの上にいろんな書体で有機的な形をした日本語が乗ってくるというのが、その雰囲気を醸し出すのかもしれないですけど。あと、ここにある横尾忠則さんの本は、僕の本棚にもありますね。
吉岡
造本が特徴的で刺激がある本では、横尾さんには敵わないなと。『PUSH』は、本文のところどころのページに謎のピンナップをのせているのが衝撃的で。自分の日記が恥ずかしくてあまり読んでほしくないって理由からだという(笑)。
川名
横尾さんはあらかた思いつく暴虐の限りを尽くしていますよね。ここにはないけど『Shoot Diary』なんて、かろうじて横尾さんの写真を配置した以外は、表紙にタイトルも何の情報もなかった。最初に出た時は帯すら付いていなかったはず。
吉岡
端から写真を入れていっただけで、思考してデザインした感じがあまり見えない。乱暴さに惹かれるというか、こうなるようにしてなっちゃったという感じが好きですね。『暗中模索中』は、本文の文字組みが異常に長くて。読み手に嫌がられそうなことをやっているのに、なぜかすごく読みやすいんですよ。逆にわくわくして読めちゃうという。
川名
すごいですよね。横尾さんの本って乱暴だけれど、文字組みが美しい。本人がやっているのか、横尾さんのざっくりとした指定で写植の職人さんがすごくきれいに仕上げているのか。一行が長い分、きちんと行間を取って、ということも考えられていますよね。本文のマニアックなゴシック体が、ずっと何なのかがわからなくて。分解して文字をスキャンするために2冊買ったんですよ。
しかし、吉岡さんの装丁も、どうやってデザインを通しているのかわからないのがたくさんありますよね。
吉岡
いや、結構自然な流れですよ。
川名
自然な流れでは、吉岡さんがやった穴だらけの『きのこ文学名作選』とかはできないでしょ(笑)。
吉岡
表紙に開けた穴から破けるかも、みたいな話はちょっとありましたけどね。でも、内容が少しシブくて、味わうタイプのものだったので、これを売るにはある程度、体感に訴えるようにしないと誰も反応できないんじゃないか……という恐怖心から出来上がったところがあります。
川名
恐怖を煽るという、編集者への説得の仕方っていいですね(笑)。
吉岡
(笑)。『きのこ文学名作選』の参考にしたのが、『質素革命』です。冷静なグラフィックデザイナー的目線で整えられた感じではない本気感というか、熱量だけで定着させたような。これも勝手にこうなってしまったようなところに惹かれます。
川名
面白いですね。こんなの考えてできる文字組みじゃないもんなぁ。
吉岡
狙ってやっているのか、わからない感じがいいなと。ルールが見えてきてしまうと、一歩踏み込んで味わえないんですよね。それが読み取れないくらい、熱が上回ってしまっている。異国情緒が漂う海外の本なんかでも、同じように謎めいたものを見つけると嬉しくなっちゃいます。
例えば、意図せず技術的な問題でやむなくこうなってしまった、というところもわくわくして。本を作る時に、そういうのをいかに自然に生かせるかというのは考えますね。
川名
読んでいる時に謎があると、ちゃんと読者を誘い込めるんですよね。これは何だろうって考えてもらう。その裏に、実は何もなくても。
吉岡
体で反応してもらうのが、一番わかりやすいというか。篠山紀信の『オレレ・オララ』も、体感にめちゃくちゃ訴える本ですね。この熱量もものすごく刺激になりました。
川名
最初に勤めた『サイゾー』編集部を辞める時に、当時のADから絶対好きなはずだからって、これを渡されたんですよ。この熱量を忘れるなと言って送り出してくれた本で。だから、バイブルですね。訳のわからないキャッチコピーを、写真の端っこに入れているのも最高なんです。
吉岡
いつ見てもテンションが上がりますよね。『ザ・暴走族』も体感系で、もう熱量しかないっていう。
川名
素晴らしいですね。2週間くらいお風呂に入らずに作っていそう(笑)。乱暴なデザインなのに、8mmの隙間に文字を2行入れるような繊細な作業をしていたり、むちゃくちゃ仕事が丁寧じゃないですか。
吉岡
写真1枚でもいいはずのところを、バカげていると感じるほどの作業をしているのが強いですよね。
川名
何の本なのかまったくわからずに買った『LOLOSOSO』も、反応してしまった、というのがありますね。これは香港のデザイナーのスタンリー・ウォンが、anothermountainman名義でやっている現代美術のアイデアと活動をまとめた本で、どこに書いてあるのか一見わからないタイトルは、しつこいとか、くどくど言うとかいう意味らしいんです。
本の詳細がわかってから、この十分しつこいヘンテコなデザインが、やっと理解できました。スタンリー・ウォンはまぁまぁ重鎮で。若い人が突っ走って作ったデザインであってほしかったんですけどね。
吉岡
側面に文字をデザインするのはいいですね。それこそ川名さんがやる、文字や表現の回り込み系?
川名
こういうことがやりたいんですよね。ずっとつながっている何かがあって、それが強引に本の形になっている。映画『コンタクト』で、平面に書かれた宇宙からの暗号を立体にしてみたら初めて読み解けたというシーンがあるんですけど、まさにそれなんです。
本って作業をしていても平面じゃないですか。立体になった時に初めて意味が成立するということに、憧れがあるんです。
吉岡
奥行きだったり、時間経過だったり。本の楽しみは、やっぱり立体として手に取れることですよね。