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愛あるもてなしに癒やされる。金沢、ハレの酒場〈酒屋 彌三郎〉へ

さすが百万石のお膝元。豊かな食材に恵まれ、食都としての存在感も大。町の居酒屋にも美味があふれる。北陸は能登杜氏の故郷。日本酒の揃えも申し分ない酒都でもある。金沢に来たなら一度は食べたいご馳走が並ぶ初心者向けの店を紹介。

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photo: Sachie Abiko / text: Michiko Watanabe

愛あるもてなしに癒やされ、再訪を誓う

夕暮れどき、古都・金沢の風情ある佇まいにポッと明かりが灯る。なかなか瀟洒(しょうしゃ)な建物だ。築100年近く経つ古民家のいいところを上手に残して、モダンに直したという。暖簾(のれん)が掛かれば、いよいよ夜の部の始まりだ。カウンターと小上がりにテーブル席がいくつか。それが、あっという間に埋まっていく。

店主・荒木和男さんがこの店を開いたのは2014年。「自分の店を持ちたい」と金沢を飛び出してから10年後のことだった。夢を叶えるべく、東京では下北沢の和食店を皮切りに、あまたの後進を育てる中村悌二さんの会社へ。渋谷〈高太郎〉や〈酒井商会〉をはじめ、卒業生が開く酒場はいずれも名店揃い。もちろん、この店も例外ではない。学んだもてなしの極意は荒木さんの心に深く刻まれ、そこかしこに息づく。

北陸、ハレの酒場〈酒屋 彌三郎〉
店主が正面からの姿に一目惚れした建物。1階はカウンター8席とガラス戸で仕切られたテープル席が5卓。2階は16名入る座敷になっている。

店名の「酒屋」は、金沢の外れの村で酒や酢を扱っていた曽祖父・彌三郎(やさぶろう)の店の屋号から。その名にふさわしい古き良き建物に出会い、カウンターはここに、その上は吹き抜けに、とすぐに決まったという。

そのカウンターの中央で、荒木さんが刺し身を引く。野菜を切る。食材を慈しむように扱う。丁寧だ。「当たり前のことを当たり前にする。基本的なことをしっかりやる。客目線を忘れるな」。中村さんの教えである。客の気持ちになる大切さは体に染みついている。「自分はサービスマン。お客様の要望に合ったことをしたい。そのためには、小さな変化に気づくことだと思います」。客の望むことにこまやかに対応する。そうやって、気持ちのいい空間は作られる。

〈酒屋 彌三郎〉の料理
定番のポテトサラダ~燻製卵をくずして~650円(写真はハーフ)。奥はイワシのなめろう750円。

和食とワインと日本酒の柔らかなハーモニー

メニューを眺めると、加賀レンコン、白エビ、寒ブリ、フグ子ぬか漬け、バイガイ、百万石シイタケなど、北陸の海の幸、里の幸が連なる。金沢ならではの食材を用い、日本酒のみならずナチュラルワインにもフィットする「飲んで楽しい、食べて楽しい」一品に仕上げていく。例えば、ポテトサラダ。自家製パンチェッタ、粒マスタード、白ワイン、バターで作ったソースをかけた独特の味わい。創業以来変わらぬ人気を誇る。例えば、なめろう。パクチーやいしり、レモンを加え、ワインにも日本酒にも合う仕立てに。

店主のナチュラルワイン推しには、好きだというだけではなく、もう一つ理由がある。妻・佐保里さんが、同じ金沢の高岡町でナチュラルワインのショップ〈ブリュッケ〉を営んでいるのだ。生産者たちのワインにかける熱い気持ちを伝えたい、生産者のバトンを飲み手に渡す懸け橋になりたい。そんな思いで、Brücke=橋と名づけられた。〈酒屋 彌三郎〉のワインは、妻との共同セレクトだ。

「お客様に喜んでいただけることが、師である中村さんへの恩返し」と店主。師へのリスペクト、夫婦愛に満ちた、温かい酒場である。

セラーには全国から集めた日本酒にナチュラルワインがぎっしり。中を覗きたくなる。

ナチュラルワインのお店ガイド:金沢〈ブリュッケ〉生産者とお客さんをつなぐ場所でとっておきの日本ワインを選ぶ