きらく(春日野道)
神戸といえば、天下無双の肉どころ。地元っ子はさぞいろいろな焼肉店を巡っているのだろうと、案内人の神尾辰雄さんに尋ねてみると「神戸の人は好きなお店に一途に通う印象がある。何十年も続く焼肉店が多いのは、そういう理由もあるのかもしれません」。
今年で創業60年を迎える〈きらく〉は、神戸焼肉を代表する一軒。店構えは、焼肉店というより料亭のような雰囲気で、石段のマーブリングが美しいサシの入った肉を連想させるが、上ロースやカルビと並び、常連人気が高いのはタンをはじめとする内臓肉だ。
2代目女将の岡村まさこさんがテーブルを回りながら「タンは焼く前にお肉に直接レモンを搾ってね」「ミノは中が温もるくらいがおいしいですよ」とレクチャーしてくれる。
「タレのハラミやロースを食べるときは自家製薬味をたっぷりタレに溶いてね。コクがぐんと増しますよ」
真っ赤な薬味に内心、怯えつつも実際に食べてみるとタレ焼肉の風味がさらに豊かに。驚いて女将の顔を見ると「中身は内緒」とにっこり。親子連れから老夫婦まで、楽しそうに肉を焼いている風景は昔からここにあるもの。女将が守ってきたのは店の味だけではないのだ。尊い。
満月(西元町)
そして、神戸に来たら“焼肉のドン”に会いに行かなきゃ始まらない。
常連客からとっくん、かずきちゃんの愛称で親しまれた2人が〈満月〉を始めたのは30年前のこと。
焼肉好きでここを知らなければ“モグリ”といわれるほどの人気の理由は、ピカピカとした輝きを放つ名物の塩テツや、ぐっと歯で食いちぎるようにして食べたとき、力強い旨味が弾けるハラミをはじめとしたホルモンのずば抜けたおいしさにある。
30ヵ月肥育の雌牛のみを使う正肉も肉質に甘んじることなく余分な脂を削り、焼いたときの食感が良くなるように部位によって厚みを持たせる。ごまかしのない仕事は、皿上の肉を見れば一目瞭然。
「最高においしい!」と伝えると「そうでしょう。神戸はね、牛がいいからホルモンもおいしいんだよ」とドン、破顔。肉も人柄も神がかっている神戸の人情焼肉。地元っ子でなくても、一生通い続けたいと心の底から思う。
まだまだあります、神戸の名店
焼肉たくちゃん(兵庫/神戸三宮)
大胆なカットで魅了する“神戸焼肉の風雲児”。
「こんなタンは見たことない!」と肉好きが歓喜する10㎝カットの極厚タンでSNSを賑わせている〈焼肉たくちゃん〉。店主の前川卓さんは大阪の焼肉店で腕を磨き、2019年に独立。
自身の店の名物を考えたときにタンを“規格外”のカットで提供することを思いついたという。カウンターならではの一体感と焼肉の高揚感が相まって店内は常にお祭りムード。鮮度抜群のレバーや¥2,000を切る“特選”肉も気分をいっそう盛り上げる。
翔苑 六甲店(兵庫/六甲道)
極薄切りで開花する脂融点17℃ロースの感動。
通常、人肌温度(35℃前後)で脂が溶けるだけで、高級焼肉店はそのロースを誇るもの。しかし、この店の気概はさらに上。融点13~17℃の雌牛のみを厳選。
サラリ、石清水のような軽やかささえ感じるその脂は、極薄切り・片面・短時間(約15秒)焼きで甘味が絶頂へ。さらに理想は、極薄肉を切れないように巻いて少し蒸す高度な技で……この肉だけは、温和な店長・中野総伸さんに頼って焼いていただくのが通の知恵、だ。
炭火焼肉屋台 兵庫 たじま屋(兵庫/神戸)
下町の良心。昭和価格でA5和牛。
屋台から出発し29年。下町にポツリと佇むフロアの壁が、来店したスポーツ、芸能界の大物の写真でビッシリなのは、A5和牛に施す匠のカットと昭和価格、そして女将さんの豪快スマイル接客の心地よさゆえ。
特にカットは、写真のロースは一切れごとの脂の量が均一になるようパズル状に。ハラミステーキは150gのブロック状の塊に表面のみ隠し包丁を、の至芸。全120席にその細かな技を一貫する情熱も、神戸の街の宝なり。