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気分はサウダージ中華?あの町の中華〜神戸編〜

中央区だけで約190軒の中華がひしめく神戸。その中で長年、一時の流行や浅いファッション料理とは無縁に、本質的な仕事を続ける町中華。味と佇まいは、敬虔な気持ちさえ起こさせます。

photo: Kunihiro Fukumori / text: Mitsuhiko Terashita

その存在自体が、ほとんど詩、ですよ。大小、新旧の中国料理店ひしめく神戸で、ひっそり。静かに。淡々と。しっかりと中国料理の基本への忠誠がにじむ料理を愚直に作り続ける。そんな味を、細い路地裏の、昭和で時が止まったような極小フロアでいただけば、まさに胸に湧く想いはサウダージ。郷愁、憧憬、ともいわれるボサノヴァの基幹感覚であり、時には“失った恋を思い出すような切なく甘い気持ち”ともいわれるサウダージに、じんわりと包まれます。

それにしても神戸。中央区人口約12万7000人に対し、中国料理店約190軒。並の仕事では生き残れないのは自明です。

その中で29年、神戸ッ子を静かに心酔させ続けるのが生田神社東側の〈燕南〉。蛍光灯の下、何の飾りもない12席のフロア。でも厨房内には、小さなフロアとは不釣り合いに巨大なスープ鍋。そのスープを一口すすった瞬間心が震撼。頭の中にピカッと閃光が光るような、鮮明でピュア、かつ朗らかな滋味深さなのです。

聞けばご主人は、神戸・北京料理の最高級店の一つ〈神仙閣〉出身。その別格の基礎に加え「外で食べた後、家に帰った時のお茶漬け。そんな、ホッとできる感じの味に」が燕南流。で、常連は「中華の有名店、あちこち行ったけど、最後に自分で通うのはココ」と目を細める。

もう一軒、神戸中華の裏伝統名物、牛バラ煮込み飯で知られる名店が〈友屋〉。約10年前に移転したが、現在の店舗も以前の昭和中華の面影が残る素朴な簡素さ。しっとり、ほっこり軟らかな牛バラ煮込み以外にも、海鮮の豆豉炒めなど、正統広東料理も鋭い切れ味。8坪、18席のみの小フロアにこんなに奥深い味が潜む、神戸中華の魔界度が、心地よく肌に染み込むはずです。

そんな三宮の中心街からJRで1駅離れた春日野道。古びたアーケードの下町商店街に潜む〈慶和飯店〉も、オーラある佇まい。21年前に広東省から移住した先代の味を守る2代目は、神戸中華の冬の定番、多彩な牡蠣料理のほか、しっかりとメリハリある辛さのエビチリまで。気概を感じる仕上げは、下町の枯れた立地とは真逆な勢いが、どうにもいい味なのです。

そんな神戸の、サウダージ中華の珠玉店たち。その存在は、街が長い時間をかけ、静かに育んだ“良心”とさえ、思えてきます。しみじみと。

燕南(三宮)

神戸中華の清らかな聖地。ネオン街・盲点の路地奥に

東門街の死角的な細い路地奥。妖しい空気の路地だけど、ドアの中は知る人のみ知る小聖地。現在67歳の主人・錦南齢さんは中華一筋52年目。

心洗われる美しい余韻の料理の数々は「僕も家内も毎日店の料理食べるから。自分で食べたくないものは作らない」のクールネス。開店29年目でもフロアは厨房の隅から椅子の脚まで磨き抜かれ清らか。昭和の刑事ドラマで、捜査中のボスが部下と急いで麺をすする大衆店のような佇まいも今、新鮮。

燕南の外観
全12席のみ。写真の小看板以外、通りから見える大看板の灯は10年以上消したまま。創業は昭和63(1988)年。

慶和飯店(春日野道)

枯れた商店街にふと潜む、生真面目味の広東・家庭料理たち

三宮の隣駅。急に庶民的な空気になる春日野道の古いアーケードにポツリ。元魚屋を改装したフロアは、大衆的ながらも凜と清潔。広東出身で、香港のホテルで腕を鳴らした先代の仕事を引き継ぐ2代目・張在慶さんはチャーシューやシュウマイ、レモン汁ソースまで手仕事への執念も父親ゆずり。

壁一面に張られた品書きから、豚胃炒めなど定番以外のディープ皿に目移りするのも、また楽し。

慶和飯店の鶏のレモン汁あんかけ
鶏のレモン汁あんかけ。厨房で搾りたてのレモン果汁ゆえの香りとキックが鮮烈。

友屋(三宮)

45年の洗練。華僑のお母さん直伝。神戸名物、牛バラ煮込みをゆる~く満喫

移転後も不思議と残る、旧店舗のひなびた風情に、まず心が安らぐ。店の代名詞、ほろりと軟らかな牛バラ煮込みは八角、陳皮(干したオレンジの皮)など、主人のお母さん直伝の香料が豊潤なコクの秘密。

わずか18席限りのフロアは「自分の目の届く範囲で、丁寧な仕事を長く続けたい」という矜恃も、長年不動の名声の礎だ。

友屋の外観
〈友屋〉外観。