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焼肉の街「北海道/北見」を探訪。牛サガリと豚ホルモンをこよなく愛する町

北海道はオホーツクに焼肉あり。タマネギの町でもある、北見市は焼肉の町。現地には大衆焼肉文化が咲き乱れていました。

Photo: Mina Soma / Text: Tatsuya Matsuura

全国に「焼肉の町」はあまたあるが、老若男女の大衆食文化として昇華されている町は北海道・北見市をおいてほかにない。

編集部でつぶさに調べたところ、北見の焼肉店数は70軒超と、コンビニよりも多い。人口1万人あたりの焼肉店の軒数は全国トップクラス。ただ、北見市民の“焼肉愛”はそうしたデータだけでは計り知れぬほどアツイのだ。

〈味覚園 総本店〉
牛サガリ、豚ホルモン、生ダレ、それから目丼。

まだ外が明るい17時、焼肉店のカウンターが夕食の一人客で埋まり始め、その後、肉の宴を楽しむ人々が意気揚々と店を訪れる。

北見生まれ、北見育ちの〈味覚園総本店〉店長、那須祐介さんは「北見では定食代わりに焼肉、居酒屋代わりに焼肉、一人でも大勢でも焼肉です」と事もなげに言う。

実は那須さんは34歳にして、味覚園歴18年(!)。高校生時、味覚園でアルバイトを始めて以来、この道一筋。しかも、根っからの焼肉好きで「市内の焼肉店はほぼ全部行きましたし、高校時代は学校帰りに学ランで焼肉を頬張ってました」とまるで焼肉を近所の定食店のように使っていたという。「いまの高校生も早い時間に来ますよ」とは北見でいかに焼肉が親しまれているかの証左である。

では、地元民による北見焼肉の典型的な風景を書き出してみよう。

焼肉店の席に着いたら、生ビールと牛サガリ(横隔膜)、豚ホルモン、おにぎりその他を注文。七輪の炭火で肉を焼き、生ダレや塩コショウで味つけした肉をがっつく。生ビールをゴクリとやっては肉、おにぎりをパクリと食べては肉、を繰り返す。どうもほかの地域の焼肉の風景とは微妙にディテールが異なる。

まず北見の焼肉で非常に特徴的なのが牛サガリと豚ホルモンだ。もともと北見は新鮮な内臓肉が手に入りやすい土地。約100年前の大正時代には、すでに屠畜場があった。食肉処理の歴史も長い。

新鮮な肉が手に入るから、保存のために漬け込む必要はない。肉本来の味わいを生かして、客自身が網上や卓上で好みの味つけを施し、牛サガリとホルモンを楽しむのだ。そしてこの塩コショウ&生ダレもまた北見焼肉の真骨頂である。生ダレは各焼肉店が醤油やショウガ、フルーツなどを混ぜ、各店自慢の味を作り込む。塩コショウもそれぞれの店がスパイスをブレンドするなど細かい工夫を重ねている。

肉との合わせは、牛サガリは生ダレ、ホルモンは塩コショウが定番。とはいえ、逆の組み合わせで食べる客もいる。北の大地の焼肉はどこまでも自由に楽しむものなのだ。例えば焼肉のお供といえば「ビールかライスか」で悩むところだが、北見では「おにぎり」という選択肢がある。しかも〆ではない。

再び味覚園の那須さんに聞くと「特に30代以上の“外焼肉世代”は、お酒を飲み、肉を食べながら、おにぎりも食べます」と言う。焼肉のスタイルで世代がわかるのか!

「30代以上は、家のガレージや庭、公園などで気軽に外で焼肉をする世代なんです。外でご飯を食べるのにはおにぎりが便利ですよね。そのスタイルが定着して、店にもおにぎりが求められるようになったんでしょう。公園焼肉では、コンビニでおにぎり買っていったりもします」

〈板門店〉
名物の目丼だけじゃない!老舗の味わいの底力。

「外焼肉」「公園焼肉」「〆じゃないおにぎり」。未知のキーワードてんこ盛りだ。さらにおにぎりを食べたのに、〆で「目丼」なる丼を食べるという。文化と胃袋の容量の違いに圧倒されながら、目丼の発祥とされる〈板門店〉の暖簾をくぐる。

「目丼は先々代の創業者のときにできたメニューのようで、元はまかないだったという話ですが、はっきりしないんです」と、笑うのは〈板門店〉3代目店長の松山智望さん。2代目に当たる義理の両親と妻との4人で、建て替えたばかりの店舗を切り盛りしている。

“目丼”とは目玉焼き丼のこと。ドンと盛られた丼めしの上に1個100g(!)という巨大な卵2つ分の目玉焼きがのる。半熟と黄身の崩しと天にかかった青のりが美しく、甘辛いタレで丼めしがもりもり進む。暗くなってから開店し、深夜3時過ぎまで営業する店には、深夜に¥450の“〆の目丼”だけ食べに来る客もいるという。

その他の名物メニュー“トンソク”はそのまま食べるもよし、七輪で炙るもよし。なかには2つ注文し、うち1つを持ち帰り用に包むのを待つ間に、もう1つを七輪で炙って、杯を傾ける常連客もいるのだとか。

言うまでもなく、大多数の客は焼肉を楽しみにこの店を訪れる。もちろん牛サガリと豚ホルモンは牛と豚メニューのそれぞれ先頭に書かれた定番&テッパンメニュー。牛サガリにつける生ダレは醤油ベースでタマネギ、リンゴ、ショウガ、ニンニクなどを加熱せずに合わせる。「塩コショウは、市販のミックスタイプそのまま。かけるタイミングも完全にお客さん任せです」

ホルモンを盛った皿にサーッとかけて混ぜ、網にザバッとのせる客、一つずつ網にのせて塩コショウを振る客、焼き上げてから皿でチョンとつける客。どの食べ方にもそれぞれの味があり、気軽に焼きを楽しんでいいのが〈板門店〉なのだ。

〈焼肉 ほりぐち〉
北の肉職人が厳選するほかで食べられないホルモン。

「うちだと焼く人が“気を使わず食べられる”って言いますね」一方で、70以上の焼肉店がある北見には、焼き手に真剣勝負を挑んでくるような店ももちろんある。勝負の場は〈焼肉 ほりぐち〉だ。

〈ほりぐち〉は駅周辺の繁華街から少し離れた、野付牛公園の近くにある。店主の堀口久男さんは、北見の出身ではない。隣接する佐呂間町の精肉店に生まれ、家業の手伝いで、食肉処理場や枝肉市場へと出入りするように。無数の枝肉や食肉に触れて、目利きを身につけた。

「俺、東京の〈スタミナ苑〉の豊島さんを尊敬してるんだよ。仕事がすごいよな」と傾倒するだけあって、仕込みにかけるエネルギーが強烈だ。毎日、何十本というホルモンを見極め、徹底的に洗い、「最近はハズキルーペを掛けて(笑)」、1〜2㎜のキズなどを切り落としていく。

問屋にも厳しい目利きを要求し、徹底した仕込みがされた肉だから、雑に焼く客にはつい口が出る。「俺が旨いと思う焼き方は伝えちゃうんだよな」と、おもむろにホルモン一皿分を七輪の上に山の形に積んだ。炭の火の当たる下側のホルモンを上へ。ひたすらに山の天地を返し続ける。じわじわ熱を加えることで、ふっくらとした焼きを入れる。

店主も熱ければ、常連も熱い。たまたま20年以上この店に通う、食べ歩きが好きな常連さんと隣り合わせたところ「このレベルの豚の内臓は東京でも食べられない」「いや全国でも!」「海外でもここまでの豚の内臓はない!」とヒートアップ!もっともその向こうでは家族連れが和やかに焼肉を楽しんでいる。

「本当は好きに焼けばいいんだよ。まあ放っておいて火でも立てたら、俺は叱るけどな。アッハッハ」肉質に絶対の自信を持つ熱い店主のもとに熱い常連が通う名店、暗くなってから暖簾を掲げ、未明まで肉はもちろん〆だけでも食べさせてくれる老舗。それに学生からファミリー、ビジネスマンまで誰もが顔をほころばせる有名店……。

北見ではさまざまなシーンに焼肉が寄り添う。2月になれば、マイナス10℃の屋外で肉を焼く『北見厳寒の焼き肉まつり』という奇祭に2000人以上が集う。

北の大地で牛サガリと豚ホルモンを焼く。一年を通して、北見の焼肉愛は燃え盛っている。