2012年の就農以来10年、松井さんは「とんでもなく苛酷な労働を課して」、マスカット・オブ・アレキサンドリア(以下アレキ)栽培を成功へと導いてきた。岡山随一の生産地にもかかわらず、耕作放棄される畑の多さに心を痛め、何とか歯止めをかけたいと、持ち主に借り受けに行くと、併せて、温室やもう一つ別の畑も貸してもらえることになったりして、畑はどんどん増え、気がつけば、岡山を代表する生産者の一人になっていた。
そんな中、大岡さんの岡山移住をきっかけに、ワイン用のアレキも育てて大岡さんに卸したり醸造を手伝ったりしながら、ワイン造りへの情熱が沸騰。そしてついに21年、ワイナリーとして独立。立派な木造の建物も完成した。松井さんにワイナリー経営の経済的不安はない。なぜなら、生食用アレキが力強く支えてくれるからだ。自らが苦労とともに築き上げた後ろ盾があるから、挑める。22年7月にはアレキ100%のペティアンをリリースする。
大岡さんに学んで初の独立、船出は順風
濃淡の木材をランダムに並べた、美しい木造の建物には、松井さんの願いが込められている。「豊かな自然が育むブドウから生まれるワインは、温かみを感じる木の建物で醸したかった」。
生食用のアレキ栽培は、シビアな労働の積み重ねで成り立っているが、その分、「何か失敗しても怖くないし、リリースのタイミングもベストの状態まで待つことができる。見返りはちゃんとあるんです」。アレキの仕事のピークはお盆ぐらいまで。それ以降は、ワイン用ブドウに注力する。醸造所の名は、父が釣船屋だったことと、船穂という町の名から。