南アフリカ、ナミビアの多肉植物。珍奇植物の自生地で暮らすありのままの魅力をプロが解説

あゝ、いつかはあの自生地へ!植物愛好家なら、訪れてみたい植物の聖地が一つはあるはずだ。そこでは、馴染みの植物たちも、栽培下とは一味違うたくましい姿で佇んでおり、栽培の最高の手本となる。そんな憧れのフィールドへと足繁く通っているスペシャリストに、自生地の魅力を案内してもらった。

Photo&text: Kentaro Hosokawa / Edit: Shogo Kawabata

Into The Wilderness

地域ごとに多様な気候が存在し、それに適応した風変わりな植物が多数存在する南アフリカ。植物写真家の細川健太郎さんは、子供の頃に父親が育てていた南アフリカ産の多肉植物に興味を持ち、図鑑で自生地の写真を見て衝撃を受ける。鉢の中で美しく仕立てられた植物の姿とあまりにかけ離れていたからだ。

自生地での植物の姿は、砂埃にまみれ、深いしわをたたえた険しい表情だった。細川少年はその後者にたまらなく魅せられた。大学では植物の形態や構造について研究する植物形態学を学び、植物写真家となった。以来、環境に合わせて驚くような変化を遂げる植物の姿を求め、自生地を飛び回っている。

ビザールプランツたちが突拍子もない姿をしているのは、もちろん我々を驚かせるためではなく、それなりの理由があるのだ。

ナミビアの多肉植物 アロイデンドロン ピランシー
アロイデンドロン ピランシー〈Aloidendron pillansii〉
金属質の光沢を帯びた太くたくましい幹が、他のアロエ類とは一線を画す風格を放つ。リヒタースフェルトの盟主といえる存在。

過酷な自生地の環境が創り出したビザールなフォルムを追って

僕の心のなかで唯一無二の場所として存在し続けている自生地が「リヒタースフェルト」だ。そこは南アフリカの北西端にあって、世界でもっとも乾いた場所のひとつでありながら、世界でもっとも豊かな砂漠の植生が見られる場所だ。

この場所には、姿を変えて乾燥に耐えうる術を身につけた“選ばれし生き物”以外の存在を拒むような、一種排他的な厳しい空気が漂っている。この世の果てのような場所なのだ。そんな現地で見て惚れ込んでしまったのがアロイデンドロン ピランシーだ。

正直いって、それほど特異な姿をしている植物ではない。「巨大なアロエ」と言ってしまえばそれまでだ。しかし、他のアロエにはない太くて肉感的な幹には堂々とした貫禄があり、乾ききった岩山にぽつりとそびえる姿には孤独さや高貴さも漂っている。

さらに南アフリカの砂漠を旅していて驚かされたのが、メセンの王国とも言える多様さだ。訪れる先々で、足もとに目を凝らすと、そこには、土地ごとに別の進化を遂げたメセンが潜んでいるのだ。
例えばリトープス。これは地質が変わるたびに、その場の石の色や模様そっくりに擬態して現れる。ティタノプシスやアロイノプシスなどは、石を通り越して、もはや爬虫類のような肌質だ。

なかでもインパクトがあったのは、昔からの憧れの植物のひとつだったムイリア ホルテンセ。こいつはほとんど凹凸のない卵のような植物体で、おそらく体の表面積を最小化する意味があるのだろうけど、乾燥への適応を突き詰めた多肉植物のひとつの頂点だ。

一般的な植物の形態である、茎を伸ばして葉を出して、というセオリーから完全に外れてしまっているのだ。こいつらを見ていると、「植物らしさ」を捨ててまで生きようとする狂気のようなものすら感じさせられる。

スタペリアの仲間もまた印象深い。キョウチクトウ科のくせに、知らない人がみればサボテンと間違えそうな形態に進化している点がおもしろい。環境に合わせて適応するうちに、まったく系統の異なる植物でも似たような形質になることを“収斂進化”という。

トウダイグサ科のユーフォルビアも同じような進化を遂げている。それだけでなく、スタペリアは花もすごい。多くは赤や黄色がまだらになった不気味なヒトデのような見た目をしていて、腐肉や糞便のような強烈な臭いを放つ。この見た目と臭いでハエを誘引して花粉を運ばせるのだ。

スタペリアも日本では比較的入手しやすいのだけれど、自生地でこの仲間を見つけるのは意外と難しく、岩かげや木かげにひっそり生えているうえに、なかなかベストな花のタイミングに出会えない。満開のスタペリア グランディフローラに出会えたときは、悪臭は鋭く鼻をつき、ハエがあたりをぶんぶん飛び交う中の撮影となったが、最高のひとときだった。この花には、生命が根源的に備えている猥雑さ、グロテスクさがあるような気がする。

塊茎・塊根植物は幹に水分を蓄えてずんぐりとした姿をしているので、盆栽のような雰囲気があり、日本人の琴線に触れるような魅力に溢れている。これはさぞかし厳しい環境で生きているのだろうと考えてしまうが、実はこのような塊茎・塊根植物は、南アフリカよりも雨が多い、ナミビアやマダガスカルで多く見られる。

僕がキフォステンマ クローリーに出会ったのも、ナミビア中央部の岩山だった。朝日が登ったばかりの岩山に登ると、周囲の広大なサバンナが金色に輝き、山肌とキフォステンマの幹が紅く染まり、実に美しい光景が広がっていた。間近で見てもこれがブドウ科の植物とは信じがたかったが、枝の先にある葉と花をよく見れば、確かに典型的なブドウ科のものだった。

少し変なたとえかもしれないけれど、自生地を訪れることは、ライブを観に行く感覚に近い。好きなアーティストの曲を、目の前で聴いたときの興奮と熱狂。その体験は、あとで振り返ってみると不思議とぼんやりしたものだったりするのだけど、それでも胸の奥の方に、確かな熱量を持った存在としてずっと残り続ける。

今はWEBサイトで希少な種の画像をすぐ見ることができる時代だけれど、このライブ感を味わうために、わざわざ膨大なお金と時間を使って旅立つのだ。しかも、何度も何度も。これはもう中毒のようなものかもしれない。

ナミビアの多肉植物 キフォステンマ クローリー
キフォステンマ クローリー〈Cyphostemma currorii〉
朝日が昇るナミビア中央部の岩山で出会った個体。ずんぐりと太い幹が動物の足のように枝分かれする。葉と花は紛れもなくブドウ科。
南アフリカ ナミビア地図

【Travel Notes】
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リヒタースフェルトは、岩山と砂礫からなる荒野。大西洋からの海霧が運ぶ水分を糧にわずか数㎝のリトープスから、樹高10m近いアロイデンドロンまで、多種多様な多肉植物の宝庫。