珍奇植物自生地紀行。中南米のサボテン。解説・村主康瑞

あゝ、いつかはあの自生地へ!植物愛好家なら、訪れてみたい植物の聖地が一つはあるはずだ。そこでは、馴染みの植物たちも、栽培下とは一味違うたくましい姿で佇んでおり、栽培の最高の手本となる。そんな憧れのフィールドへと足繁く通っている4人のスペシャリストに、自生地の魅力を案内してもらった。

Photo&text: Kozui Suguri / Edit: Shogo Kawabata

Into The Wilderness

日本では江戸時代から親しまれてきたサボテン。これまで何度もブームとなってきた珍奇植物趣味の先駆者的な存在だ。中でも昭和30年代には大きなブームとなり、各地にサボテンクラブができると、数多くの素晴らしい園芸品種が生み出され、世界的に高い評価を得ている。

そんな日本のサボテン界で、現在、最も自生地への見識が深い人物の一人として知られるのが村主康瑞さん。〈狂仙会〉なるカクタスクレイジーたちが集う会の代表を務め、毎年2回は必ずサボテンの自生地を訪れてその生態をつぶさに観察することをライフワークとしている。

サボテンというと、焼け付くような日差しの乾いた砂漠にいる、というステレオタイプなイメージが強いが、実はそんなことはない。つい知っているつもりになっていたサボテンの本当の生態が、彼の写真から見えてきた。

中南米のサボテン コピアポア シネレア
コピアポア シネレア〈Copiapoa cinerea〉
コピアポアの仲間はチリ海岸沿いに幅50㎞南北1,200㎞の地域に生息。地域変異が多く熱心な愛好家が多い。和名「黒王丸」。

サボテンは砂漠に生えるもの、というのは大きな勘違い⁉

サボテンたちはいろいろ誤解されていることが多い。それは自生地へ行くとよく分かる。まず、多くのサボテンは砂漠には生えていない。砂ではなく、ブッシュなどがある土の土壌の“土漠”に生えていることがほとんどだ。強い日差しに一日中さらされているイメージも強いが、自生地でサボテンを探していると、たいていは大きな岩の陰に隠れていて、むしろ日陰が大好きだ。

さらに“サボテンは高山植物である”というともっと驚くだろうか?
標高1500~2500m程度の丘の頂上や山裾などが彼らの棲家の主体なのだ。そこは夜から朝にかけて霧に覆われ、夜露に濡れて育つ水好きな植物でもある。また、多くのものは擬態し、周りに溶け込み、したたかに生きている。まるで、動物のような意志さえ感じさせられ、今にも話しかけてくるような感覚さえある。

南米モノのサボテンでは別格の人気を誇るチリのコピアポアは、比較的厳しい環境を棲家に選んでいる。世界有数の降水量の少ない地域、太平洋沿いのアタカマ海岸にのみ分布しているのだ。しかし、朝になるとガルーアとよばれる海からの湿った空気が押し寄せ、霧に包まれる。

この霧を大きく張り出した棘にまとわせて、水滴にして、株元に落としていく。この僅かな水でゆっくりゆっくりと成長する。また、アンデスからアタカマ砂漠の地下を流れる雪解け水が伏流水となり、海岸に出てきたものを利用するとも考えられる。径20㎝高さ60㎝ほどの開花サイズになるまで、おそらく20〜30年はかかるのではないだろうか。

群落のような姿になるには200〜300年はゆうにかかっているだろう。海岸には日光を遮るものがないため、白いワックス質をまとって身を守っており、太い棘はラジエーターの役目も果たしていると思われる。波打ち際にまで生息していて、波しぶきをかぶっているものまでいた。チリは南半球のため、みな一斉に北のほうに頭を傾けていたのも印象的だった。

コピアポアの自生地は、2.5万年~5万年ほど前までは海だったそうだ。地球年代で考えるとつい最近まで海だったことになる。ということは、そこにのみ生息するコピアポアはまだまだ新しい種ということになる。その証拠に、見てまわった地域の中でも、かなり多くの変化種や個体差があった。まだ種として定まる過程の種分化の途中にあるのだろう。この先、どのように収斂していくのか楽しみだ。

私が最も愛するサボテン、金鯱(エキノカクタス グルソニー)の自生地も非常に思い出深い場所だ。金鯱というと、誰もが知っている定番の普及種だが、実は自生地では絶滅寸前になっている。自生地として有名だったシマパンの谷が、ダム建設のために水没してしまったからだ。

私は、何度もメキシコ通いを繰り返し、この金鯱の自生地が他にないか必死に探し続けたが、どうしても見つけられないでいた。そんな中、サカテカス州でたまたま立ち寄ったガソリンスタンドに金鯱の鉢植えが置いてあるのを見つけ、どこから入手したものなのかたずねると「すぐ裏の山から持ってきた」と言うではないか。

あわてて駆けつけてみると、その谷には無数の金鯱が自生していた。幸運にも金鯱の新産地を発見できたのである。切り立った絶壁の岩場で雄々しく立ち上がるその姿を目にしたとき、ゾクゾクと全身に鳥肌が立ったのを今でも覚えている。

思い返せば、私がサボテン趣味に走り出したきっかけも、お祭りの屋台のおじさんに“小さなものからそだてるんや”と言われ、やっと手にした小さな金鯱だった。その時の金鯱は今も温室で元気に育っていて径1mを超える大きさになっている。“金鯱にはじまり金鯱に終わる”。今も一番好きなサボテンはこの金鯱だ。

中南米のサボテン コピアポア コルムナアルバ
コピアポア コルムナアルバ〈Copiapoa columna-alba〉
チャナラルの近くは世界的に有名なサボテンマニアの聖地。南半球であるためすべて北を向く向日性を示す。和名「孤竜丸」。
中南米 地図

【Travel Notes】
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アタカマ砂漠は、東西150㎞、南北1,000㎞に及び、平均標高約2,000mの乾いた盆地。サカテカス盆地は、高原盆地で夏は暑く、冬は寒い、雪も珍しくはない。