南紀白浜といえばウツボです
シーザー凱旋祝宴のウツボの調理法は蒲焼きだったそう(ローマ史家・塚田孝雄著『食悦奇譚』)。
しかし。おそらくはさらにおいしくウツボを食べる調理法が和歌山県南部、白浜周辺で現在、燦然と輝きを放っている。それはお造りと天ぷら。小骨のつき方が非常に複雑なウツボは、お造りにするのは至難中の至難。
ゆえ、歴史的にはカツオ漁のはえ縄に歓迎されずに多量にかかるウツボは、ハモのように小骨を骨切りしての佃煮が、南紀の伝統郷土料理だったそう。白浜や田辺の街を少し歩くと「ウツボの佃煮あります」との垂れ幕を掲げる乾物店に出会うことも少なくない。
しかしここ20年ほどの間で、地元の腕の立つ料理人の奮闘により、ウツボの小骨を避けて造りにする技法が発達。京都や大阪のグルマンがその味にエキサイトし、ビーチ・オフシーズンの白浜を目指す、という活況が続いている。
「フグより旨い!」と、京都から通うグルマンも
そんな白浜周辺の数あるウツボ自慢の魚介料理店の中でも筆頭が〈かんてき〉だ。歯が鋭く獰猛・凶暴で、活けをさばくのは危険な格闘技となるウツボ。ゆえ、通常は漁港で業者が締めたものを仕入れるのだが……、ご主人・橋本良一さんは「自分で神経締めした方が旨いから」と日々厨房での格闘技を欠かさない。
その成果で、お造りはブルッと弾力ある歯応えとともに、力強く芯の太い旨味が勇壮至極に全身に響く、圧巻の迫力美味。旨味のエネルギー感とパワフルさ、クリアさは、まさに高級魚そのもの。常連が口を揃えるという「ウツボ=半端なフグ以上」説にも、激しく納得できる。
ちなみにこのウツボ、大阪や東京の郷土料理店でも時折、唐揚げなどで見かけるが、たいていはそう感動できないもの。理由は〈かんてき〉の主人いわく「ウツボは冷凍すると極端に味が落ち、臭みが出る魚。だから絶対、活けでないとダメ」とのこと。もちろんこの魚、高知、五島列島、沖縄などにもご当地料理はある。
しかしまず南紀に向かえば……ローマ皇帝専属料理人もできなかっただろう美味が、待ってるよ。