料理とハードリカーとの相性
2021年秋、和歌山で世界が羨望する料理とカクテルのペアリングセッションが実現した。
和歌山のレストラン〈ヴィラ アイーダ〉の小林寛司シェフと、東京・新宿のバー〈ベンフィディック〉鹿山博康さんのコラボレーションだ。共に世界中からゲストを集め、同業のシェフやバーテンダーからも一目も二目も置かれる大人気店。
自ら畑を耕し、収穫する作物を材料に、誰にも真似のできないオリジナルな味を作り出すという点も共通している。小林シェフとマダムの有巳さんが〈ベンフィディック〉を訪れたのが最初のきっかけだが、いわば、出会うべくして出会った2人だ。
国内外のトップシェフやソムリエと数々のコラボレーションを実現してきた小林シェフだが、バーテンダーとのコラボは初。
「ワインではなく、カクテルだから表現できる世界がある。ゼロから2人で作り出すというか。料理と酒の新しい関係と表現を探りたい」と話し、やる気満々だ。鹿山さんが初めて〈ヴィラ アイーダ〉を訪れることもあり、和歌山での準備に丸2日をかけた。
1日目は、小林シェフがペアリングのために考えた料理を、鹿山さんが試食。「ペアリングのため」といっても、今、畑にあるものが主役の〈ヴィラ アイーダ〉のいつもの料理だ。
「野菜の甘味や苦味、何より香りが鮮烈。予想以上でした」と、感想を語る鹿山さん。
2日目は、店の周りに広がる〈アイーダ農園〉での素材探しと、最終調整。
事前にメールでメニューを決め、鹿山さんも自分の畑で素材を集めて、仕込みを済ませて和歌山入りしたが「小林シェフの畑を見て、最終形を作る」というプランを当初から共有していた。
店の真裏のハーブ畑から野菜畑、3棟のビニールハウスに、イチジクやミカン、柿などの果樹がある庭や田んぼを含め、農園は600坪に及ぶ。
「天国っすねー」と、新しいおもちゃを与えられた子供のように無我夢中の鹿山さん。バラの古木に小さな実を目ざとく見つけ、庭の植え込みと雑草の際まで、くまなくチェックした。
店に戻り、採れたての柑橘やハーブも使ってカクテルを試作し、レシピをアップデート。ハイテンションだった畑巡りから一転、緻密にシリアスに。小林シェフ、有巳さんとテイスティングし、料理とカクテルの味を最終調整した。
「野菜が主役」の料理と聞くと「新鮮な野菜を、シンプルに」とイメージしがちだが、小林シェフの料理はその対極。
あるものはフレッシュに、あるものは凝縮させ、さまざまな方法で食感や香りを出し、多くのパーツで味を構築する。構成要素が多くとも、決して味が散漫にならないところは、鹿山さんの味作りとの大きな共通点だ。
小林シェフは、塩と少量の油脂や発酵調味料の旨味で、鹿山さんはアルコールと甘味のボリューム感、酸味と苦味のバランスで、味の焦点を、ピタリと決めてくる。
試作の最終段階では、グラッパの量を1滴単位で、ピーマンの切り方をミリ単位で調整。辿り着いた6皿と6杯は、同じ釜で作った味を、皿とグラスに分け合ったかのよう。料理とカクテルで作る「一つの味」が完成した。
「“味の隙間のない”料理を作っていると自負しているけれど、わずかに残された微小なスペースを見つけ、そこに入り込んでくるのが鹿山さんのカクテル」と、話す小林シェフは、たいそう満足げ。
鹿山さんは、アウェーでも、料理があっても、軸をぶらさず自身の表現をイーブンに炸裂させた。
近年、栽培に力を入れるホップをこれでもかと使ったカクテルで。あるいは、数年来関心を抱き続けているベルモット(ハーブを使ったフレーバードワイン)を、ワインとハーブで一から作ることで。畑仕事と酒の源流・原型の探求は、鹿山カクテルの二大テーマだ。
モダンガストロノミーの料理に、ワインの伝統的なマリアージュ理論はそぐわない。「むしろカクテルの方が、ペアリングの精度を高められる」と言う小林シェフの目論見は、見事、形に。
トップシェフとトップバーテンダーのセッションは、レストランのドリンクサービスを刺激しそうだ。