不信の時代に、信念を持ち、他者と信じ合う意義を考える
SNSには真偽不明の情報が氾濫し、すさまじい感情の連帯が力を持つケースが散見されます。また2022年は宗教をめぐる問題も取り沙汰された。「信じる」ことが無意味にも思える不信の時代には懐疑主義に賭けるのも一つの力ですが、疑うだけでは前に進めない。むしろ「信じる」ことの価値を見直すべきだと感じます。
その意味で、『実力も運のうち 能力主義は正義か?』でサンデルが不意に語る信念に従う大人のエピソードは示唆に富んでいます。この本は、学歴重視の“メリトクラシー”(能力主義)の反動で生まれた“敗者”たちが、トランプを大統領に選んだと指摘します。人種や性別、出自以上に学歴差別が、アメリカの分断を進めた。
しかし一方でエリートである著者も学生時代、苛烈な競争に疲弊していたといいます。ただ、生物の先生だけがメリトクラシーという強大なシステムに抗(あらが)っていたと振り返ります。社会で勝つことよりも、世界の美しさを知ることが重要だと学生たちに知ってほしくて、先生はたった一人で強固な体制に抵抗した。その信念に私も勇気づけられました。
200年にわたるデジタル革命史を描く『イノベーターズ1 天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史』は、他者を信じることの重要性を教えます。大発明をしても一人占めすると、持続しない。他者を信じてコラボレーションできる人が“何かを起こす”と歴史が証明するんです。著者はAIも人類の脅威ではないと言います。AIという“究極の他者”を信じてコラボすれば、我々はさらに発展できるとの結論は希望です。
「信じてもらう」という観点では『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』が印象的でした。「関東芸人が『M-1グランプリ』で勝てない」理由を論理的に解説する本ですが、最後に塙さんは感情を吐露します。『M-1』で優勝していない自分が審査員に値するのか、との悩みです。
しかし彼は、敗者だからこそ、芸人の悔しさがわかると自負し、重責を担う決断をする。“敗者”の気持ちがわかる人だから、信頼される。“できない”からこそ信じられる。不信の時代に分断を乗り越えるヒントはここにあるような気がします。