“アーティスト”として
後の描く絵の元のイメージは、広告や雑誌などのビジュアルだ。それを直線と面によって構成し直すことで、情報は削ぎ落とされ、イメージは抽象化されていく。例えば《SHIBARU》という絵は、SM雑誌から着想を得たのだそう。性的なフェティシズムを写した画像は、グラフィカルでポップなアイコンに変換され、部屋に飾りたくなるようなおしゃれな作品へ昇華されている。デザイナーとしてキャリアを持つ彼ならではの表現に、切り離して考えられがちなデザインとアートが一続きに感じられる魅力がある。
「僕は子供の頃から、紙とかインクの匂いを嗅いでしまうくらい“印刷フェチ”。それでデザイナーという仕事に就いたんですよね。僕がこれまで関わってきたデザインから得た感覚を生かしながら、アート作品を制作できないかなあと思っていたのもあり、印刷物のようなペインティング、というものを追求してみたいと思ったのかもしれません」と、話す後。
なるほど、一見、版ズレを起こしたシルクスクリーンのようにも見える絵に近寄ってみると、表面には塗料による無数の小さな点が施され、印刷の網点やノイズを思わせる。そのザラついた質感は、「絵」というアナログであることをそっと知らせてくれるようでもあり、心地よい。また、何色とも形容しがたい独特な色合いは、後の実績に裏づけされたセンスと、何度も塗り重ねられた絵の具の深い層から生まれていることにも気づく。
アートに挑戦する理由
これまでクリエイティブディレクターやアートディレクターとして数々の広告を手がけるなど、デザイン業界で活躍を続けてきた彼だが、数年前、50歳という年齢が近づいたことを意識した時、「アートをやらずに終わるのか」という思いが強く湧いてきたのだという。一念発起し、デジタルで描き溜めていたものをキャンバスに向かって夢中で描き始めた。
「デザイナーという仕事は、基本的にはクライアントや消費者が求めているものをデザインで解決していくもの。でもその役割を取り払った時に、自分が何を“作る”のか知りたい。今はアートが何かはまだわからないけれど、その答えに近づいてみたいと思ったんです」
情報を削ぎ落としながら描いていくうちに、「情報」というものが何かについても改めて考えることになった。
「ずっと情報に関わる仕事をしてきました。少し前の時代は人々にとって情報=事実という認識がありましたよね。でも現在は、情報が手法になってしまったというか、事実かどうかより役に立つかどうかみたいなことで使われていますよね。情報っていう名前がついているモノみたいな感じ。そんな情報に溢れた今の時代にあって、本当のことを知りたいという思いがアートに挑戦しようと考えたきっかけになっているのかもしれません」
展覧会には絵のほか、「刹那的なものを恒久的な作品にしてみたかった」と後が話す、立体作品も展示されている。「SALE!」という文字が印字された風船が木板に挟まれ、今にも破裂しそうなギリギリのところで静止している作品だ。後は「柔らかいものと硬いものの間にある緊張感が面白いと感じる」と言うが、物質的なものだけでなく、人間関係や、自分の中の相反する感情といった駆け引きや葛藤の中で、押される、膨らむ、変形する、すり抜ける、破裂する、といった様々な動きを想像させるだろう。
そして、静止している風船を眺めていると、後の絵の制作プロセスと同様に、やはり、目の前にあったはずの情報はどんどん失われていき、“風船”という名をした極めて抽象的なものに見えてくる。さらに、その抽象化されたものからまた情報を見出そうとしてしまう私たちを、作品が静観しているようにも思えてくるのだ。
「初の個展を通じて、今後はもっと大型の作品にも取り組んでみたいと考えている」と後。もしかしたらホワイトキューブの空間を飛び出して、町の中に彼の作品がパブリックアートとして登場するのもそれほど遠いことではないかもしれない。
会期は1月21日まで。ぜひ会場で目撃してほしい。