神奈川県の相模湾沿いに広がる湘南エリア。夏、海、サーフィン!というステレオタイプなイメージがつきまとうが、実は日々の暮らしで家族や友人を大切にし、買い物は地元の小商いを応援するといった、地に足のついた生活の場でもある。
そんな環境で2010年代からじわじわ増えてきたのが、ほかでもないクラフトビールの造り手や売り手たち。このエリアの中でもともと知り合いだったり、開業するにあたってアドバイスを求めたりしながら、相手のスタイルを尊重しつつも我が道を行く。
おいしいビールや居心地のいい店に対しては、互いに惜しみなく讃える。〈YOROCCO BEER〉の吉瀬明生さんが先駆者となった湘南ビアカルチャーの最新成果を、5軒のブルワリーと4軒のボトルショップで味わってもらいたい。
今注目すべきブルワリー5軒
YOROCCO BEER(大船)
クラフトビールを湘南に根づかせたオリジネーター
静岡・沼津の〈ベアードビール〉でクラフトビールに開眼、米・ポートランドの地域に根差した醸造所を目の当たりにし、湘南でも“ユア・ローカル”に“ヨロコ”んでもらえるクラフトビールを!と、ブルワーの吉瀬明生さんが2012年11月に逗子市で〈YOROCCO BEER〉立ち上げてから十余年。「100Lの“鍋”で仕込みを始めたのが大失敗でした。そのサイズでは月に約800Lしか仕込めないので、商売にならない。僕自身も勉強不足だったので、勢いでやれた」と振り返る。
その後、知人の畑で採れるキンカンやカモミールを使うなど、地元の素材を積極的に活用して評判に。
19年に移転した現在の醸造所では〈箕面ビール〉の仕込み槽を譲り受け、月の仕込み量も約8,000Lに。
「とはいえ僕は取引先との関係性を大事にしているので、必然的に成長は遅い」。ビアスタイルもセゾン酵母を使用したり、ほかのクラフトビール醸造所があまり手がけてこなかったラガーをメインに据えている。
「これからは直営パブなどで、地元への供給をもっと増やしたい」と、当初の思いをさらに追求している。
PASSIFIC BREWING(茅ヶ崎)
海と山を越え、湘南から全国と繋がるビール造りを
〈PASSIFIC BREWING〉は旧金属加工工場を改装して2021年秋に誕生。醸造担当は茅ヶ崎出身で、日本のクラフトビールブームの牽引役・長野〈志賀高原ビール〉で6年修業した大庭陸さん。創業と同時に次世代を担うブルワーとして注目を集めたのは、やみくもに新しさだけを求めない姿勢があるからだ。
「“歴史に学び、現代を生きる”が醸造のモットー。例えば定番銘柄『Passific Lager』に採用した“デコクション”はチェコの伝統的な製法で、殻付き大麦を何度も煮沸して麦芽糖を作ります。手間はかかるけれど、モルトの風味が深くなる。この手法のために仕込み釜をカスタムオーダーしました」。
一方でホップは伝統的なヨーロッパの品種に加え、フルーティな風味を醸すアメリカ産を選択。今っぽさも備えたラガーに仕上げる。
海(湘南)と山(長野)の両方にルーツを持つ大庭さん。海と山を越え、ビールと旅するブルワリーでありたいと、醸造所名はPass(峠)とPacific(太平洋)を合わせた“Passific”に。「旅で出会う人や街、自然との繋がりを大切にしつつ、ビールを造り続けます」
Barbaric WORKS(茅ヶ崎)
原始的な(=Barbaric)手法で飲みやすさを追求
オーナーの安藤佑一さんは2011年から辻堂でスペインバル〈バルパンチョ〉を経営。その後はビールに興味を抱いてブルワリー開業を決意して、〈YOROCCO BEER〉で醸造を学んだ。
「ホップの香りを引き出すべく、ペレットではなく、手で揉んで細かくしたホールリーフホップを用います」。この原始的な手法がホップの渋味を抑え、食事に合うクリアな風味を生む。定番銘柄はないが、頻繁に仕込むのがゴールデンエール「N°5」。モルトと酵母を工夫して、まるで海風のような爽やかな飲み口を醸している。
Brewstars Yacht Club(葉山)
ビールを中心に新しいローカルの輪を繋ぐ、陸のヨットクラブ
葉山小学校の正面、かつてプリン専門店〈マーロウ〉だった建物が醸造所になる、とローカルがざわついたのが2022年初夏のこと。ヨット乗りとして葉山に馴染みがあった菊池文武さんが、「町に根づくドイツのブルワリーのように、ビールを中心に人が集い、誰かの挑戦を応援できる場所を」と立ち上げた。
同じ葉山の〈15brewery〉とのイベント開催や、近隣カフェのコーヒー豆を使ったスタウト、パン工房の廃棄パンをアップサイクルしたブレッドエール造りなど、この町のローカルブルワリーらしい活動を展開中。
Yggdrasil Brewing(平塚)
フランス人醸造家が母国のホップでビールを造る
オーナーのダヴィド・ガーダオさんは、フランス・ブルターニュの港町・ロリアン出身。PCエンジニアとして来日したのちにブルワーを志して、〈YOROCCO BEER〉と東京・大井町〈DevilCraft Brewery〉で修業を積んだ。2019年に平塚で醸造所を開業。
「釣りやサーフィンが盛んで、地元にサッカークラブもあって。この町は驚くほど故郷に似ています」。ラインナップは母国でポピュラーな銘柄、セゾンとエールが中心。「ホップはフランス・アルザス産を使用。フローラルなフレーバーを楽しんでください」