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溝口力丸、小浜徹也、水上志郎。3人の編集者による、SF文学座談会〜後編〜

中国、イスラエル、フェミニズム、百合。2020年のSF界を取り巻くキーワードは多極化・多様化を続けている。拡張するSFの現在を知るべく、早川書房、東京創元社、竹書房というSFを出版してきた3社の編集者が一堂に会し、座談会を敢行。彼らは作家とともにどうSFを作り、どこへ向かおうとしているのか。「溝口力丸、小浜徹也、水上志郎。3人の編集者による、SF文学座談会〜前編〜」も読む

Text: Moteslim

溝口力丸

いまは作家のことを知らないと理解しにくい作品も多いですよね。
海外SFの動向を知るうえでは、橋本輝幸さん編集による『2000年代海外SF傑作選』と『2010年代海外SF傑作選』をおすすめしたいです。

近年はさまざまな観点からSFが注目されていますが、本書はどんな人にでもSFを楽しんでもらおうとする橋本さんの愛に溢れたベスト・アンソロジーになっている。

小浜徹也

創元ではヴェルヌ、ウェルズに始まって古典作品がずっと売れているんですが、その意味でもコナン・ドイル『失われた世界』新訳版は自信作です。お手本のような冒険活劇で、訳者の演出も素晴らしい。

同じ訳者のマーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』もしゃべる兵器の一人称を「弊機」と訳すなど注目を集めました。翻訳の工夫一つで面白さも増します。

水上志郎

竹書房としては、イスラエル作家のアンソロジー『シオンズ・フィクション』でしょうか。
最先端の科学的なアイデアが使われている作品が少ないので、SFとしてはクセがあるかもしれませんが、その分文学に近寄っている部分もあり、意外と読みやすいはずです。

小説でしか作れない物語

小浜

文学というと、国内作品では、扱う題材が増えてSFが広がるなかで、文学と接近しています。
2012年に『盤上の夜』で宮内悠介さんが直木賞にノミネートされたあたりが端緒で、2020年は10年前の創元SF短編賞第1回の佳作でデビューした高山羽根子さんが芥川賞を受賞したし、『半分世界』を出した第7回受賞者の石川宗生さんがドゥマゴ文学賞を受賞したのも印象的です。

溝口

早川でも小川哲さんの『嘘と正典』が直木賞にノミネートされました。文学とSFの隣接はもちろん内容面の話でもあるけれど、単にSFシーンから新たな作家が多く登場している側面もある気がします。

ジャンル小説はいまでも志が継承されていて、いいものを作ればいいものを読んできた人がきちんと評価してくれるという対応関係が残っているので作家が出てきやすいのかもしれません。

小浜

SFはたくさんのマニアに支えられてきた世界で、「ファンダム」の存在が昔もいまも重要なんですが、徐々に生き字引といえるようなレベルの人は減っている気がします。

昔はアマチュアの人々が資料作りや言論を支えていたけれど、少し前からそれがプロの仕事に変わりつつある。アンソロジーを編めるのも相当なマニア上がりの人ばかりです。

水上

たしかに、アンソロジーは増えているかも。
創元さんの『年刊日本SF傑作選』を引き継ぐような形で、竹書房も2020年は大森望さん編集による『べストSF2020』を刊行しています。

小浜

うちも『銀河英雄伝説列伝1』や『Genesis されど星は流れる』など短編のアンソロジーは多いですね。

溝口

私の場合は、伴名練さんと『日本SFの臨界点[恋愛篇]・[怪奇篇]』というアンソロジーを編んだことが刺激的な経験になりました。

伴名さんはSFが好きすぎる作家で、さまざまな作品を下の世代へどうつなげていけるのか真剣に考えている。SFが作ってきた豊かな文化を若い読者に対して徹底的に届けようとする姿が印象的でした。

水上

需要層の変化はエンタメの多様化ともつながりそうです。いまは目の前にどんどん新たなコンテンツが供給されるので最新の作品を読むだけでも精いっぱいだし、サブスクの影響もあり、映画やアニメも無限と言っていいほど観られる。

溝口

漫画やアニメ、ゲームのようなキャラクターもののエンタメとSFをどう結びつけるかは考えがいのあるところです。伊藤計劃『虐殺器官』のヒットを経てゲームやアニメも楽しむ層のSF読者は増えました。王道のSFファンに届けつつ、どう外につながる出口を作れるのかが重要なのかなと。

宮澤伊織『裏世界ピクニック』はSF・ホラー要素とキャラクター人気のメディアミックスで、理想的な出口を作れたのかなと思います。ただ外に開くだけでは誰も入ってきてくれないので、個々の作家さんたちが広げたい読者にどう届けるか考えているというか。

小浜

広げる先はたくさんある。映像系のSFは海外では相変わらず元気だし。

溝口

単によくできたストーリーが欲しかったらいまの時代、映画やゲームの方が制作に多くの人が携わる分、洗練されていきますからね。そのなかで小説をどう目立たせるか。

小浜

一方で、小説がシェアを減らしているのも事実だと思います。特に年間ベストテンが隆盛してから、逆にそれしか読まない人も増えて、いろいろなものをダメにしてしまったかもしれない。いまはハズレを引きたくない人が多いですよね。

水上

マンガと比べて読むのに時間がかかるし、小説は最後の数十ページの印象で評価が大きく変わり得る。“コスパ”は悪いですよね。いまは無数に選択肢がある時代です。結果として、ますますハズレを引きたくなくなるのかもしれません。

溝口

小説って最も少ない人数で作れる物語で、そこにはいい意味で歪みを残せる。映像化や翻訳などほかの場所へ広がっていきやすい作品を作ることも重要ですが、SF小説でしか作れない物語の可能性を考えていきたいですね。