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瀬戸内愉絶快絶美術空間へ。アートライター・小林沙友里が巡る旅〜前編〜

瀬戸内地域にはユニークな美術館が多い。そしてそこには世界レベルの活動を、アートへの情熱を持った個人がリードしてきたという流れがある。ブルータスでコラム「愉絶快絶美術空間」を隔号連載しているアートライターの小林沙友里が、瀬戸内アートのホットスポットを巡り、その背後に存在する人々の物語を紐解く。

photo: Ikuko Hirose / text: Sayuri Kobayashi

わ、足元、不安定。しかも龍安寺の枯山水みたいなものが左右にあるし、鉄棒やシーソーはちょっと大きいのが天井にもあるし。目がくらんでよろけそうになり、意識と身体がズレるような、大袈裟かもしれないがまるで生まれ変わるかのような、妙な感覚に襲われる。この奇天烈な空間は、荒川修作+マドリン・ギンズ夫妻による『遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体』なる作品。建築家の磯崎新と共につくり上げたものだ。

岡山〈奈義町現代美術館〉荒川修作+マドリン・ギンズ《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》
奈義町現代美術館の太陽の展示室にある荒川修作+マドリン・ギンズ《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》。陰陽模様が浮かぶ。© 1994 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

現代美術館にすべき!
荒川修作や磯崎新に直談判

岡山駅から車で1時間半ほど北上すると辿り着く奈義町現代美術館は、1994年に開館した、現代美術作品と建築空間が一体となったサイトスペシフィックな美術館。町では当初、書を中心とした美術館の創設が企画されていたが、奈義町に墓所を持つ岡山県職員でアートコレクターの花房香が現代美術館にすべきと提案した。

花房はそれ以前に、詩人で美術評論家である故・瀧口修造の、同時代の芸術家たちと交流し、支援するというあり方に影響を受け、瀧口と親交のあった芸術家たちを訪ね歩いていた。その熱が冷めやらぬうちに奈義町の美術館計画を聞いた花房は、美術家の荒川修作や宮脇愛子に電話。宮脇の夫である磯崎新とも話し、彼らを巻き込んでいった。

以前から新世代の美術館のアイデアを温めていた磯崎は、荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎、宮脇愛子の3組に従来の美術館では収容できない大きな作品の構想を依頼。その作品のための空間を設計し、この土地の自然条件に基づいた軸線を持つ3つの展示室をつくり、それぞれを太陽、月、大地と名づけた。

「磯崎さんだから、骨太のアーティストたちの表現をまとめ上げ、エッジの効いた現代美術館をつくることができたんだと思います」

そう語るのは、開館時から勤める現館長の岸本和明さん。その後、地域住民の理解を得るには時間がかかったというが、企画展やイベントの開催、また町立図書館が併設されていること、そして何よりも作品の力によってリピーターを獲得してきた。近年はインスタ映えすることもあって来場者数が増えているそう。

筆者も、また生まれ変わりたくなったら訪れたいと、隣接するピッツェリア〈ラ・ジータ〉のピザ(おすすめ!)を頬張りながら思うのであった。

同時代の作家たちと共に
未来志向のミュージアムを

奈義町現代美術館の立ち上げに関わり、その後主任学芸員として2年間勤めた花房は、作品に感動する来場者たちと接するなかで、さらに新しい現代美術の展示空間をつくりたいと夢見るようになる。そうして2016年、彼が岡山市にオープンしたのがS-HOUSE Museumである。

岡山駅から車で30分ほど南下すると住宅街に現れる白いキューブ。これは、現SANAA(妹島和世+西沢立衛)が初の木造個人住宅として設計したもの。その書斎や浴室、トイレ、収納などに、Chim↑Pom、目[mé]、毛利悠子、下道基行、加藤泉といった気鋭の作家たちの作品がひしめいている。

本業で臨床心理士として未来志向の研究をしていた花房は、「前方視的(Prospective)ミュージアム」として、11組の作家が10年間、毎年作品を更新していくというユニークなスタイルを編み出した。

「作家が固定されていることで、変化がわかりやすくなります」とは、花房の子息でS-HOUSE Museumのアートディレクターを務める美術批評家の花房太一さん。「そもそも美術作品は捉えられ方が刻々と変化するもの。100年後には廃れるかもしれないけれど、1000年後にリバイバルするかもしれない。そういうスケールの世界に我々もいると感じることが美術鑑賞の喜びだと思います」

アート作品の価値は後方視的(Retrospective)な美術史に鑑み、そこにどう位置づけられるかによって決まるとされるが、訪れるたびに変わる展示は、これからの変化を強く意識させ、複数の可能性を想像させ、視界を広げてくれる。花房は「同時代の芸術こそ人々の心を豊かにする」という瀧口の思想を体感できる場を、新たな形で実現したのだ。その変化を確かめに、またこの場所を訪れたい。