Visit

瀬戸内愉絶快絶美術空間へ。アートライター・小林沙友里が巡る旅〜後編〜

瀬戸内地域にはユニークな美術館が多い。そしてそこには世界レベルの活動を、アートへの情熱を持った個人がリードしてきたという流れがある。本誌でコラム「愉絶快絶美術空間」を隔号連載しているアートライターの小林沙友里が、瀬戸内アートのホットスポットを巡り、その背後に存在する人々の物語を紐解く。前編はこちら

photo: Ikuko Hirose / text: Sayuri Kobayashi

才能を見込んだ画家を支え日本の芸術界に貢献

S-HOUSE Museumから西へ40分ほど車を走らせると、蔵屋敷が立ち並び、江戸時代の情緒を残す倉敷に至る。そのなかでひときわ目を引くのが、古代ギリシャ・ローマの神殿のような外観の大原美術館。倉敷の実業家・大原孫三郎が私財を投じて1930年に建てた、日本初の西洋美術中心の私立美術館だ。

岡山県出身の画家・児島虎次郎の才能を見込んだ大原はパトロンとして児島を援助。ヨーロッパに留学した児島から、日本の芸術界のためにと西洋絵画の購入を願う手紙を受け取ると、資金を提供。絵を描く傍ら、良質な作品の買い付けに努めるも47歳の若さで早世した児島の死を悼み、児島の作品と彼が買い付けた作品を展示する美術館を設立したのだ。

エル・グレコの《受胎告知》やモネの《睡蓮》、マティスの《マティス嬢の肖像》などで知られる大原美術館は近代美術館という印象が強いかもしれないが、実は学芸員の大塚優美さんも言うように、「ずっとコンテンポラリー」だった。先述のマティスの絵も児島がアトリエを訪ねてマティスから直接購入したものだ。「収蔵した作品は次世代の人にも見てもらえるように守りつつ、同時代のコレクションも増やし続けています」

第二次世界大戦中に美術館を守った大原の息子の總一郎も、同時代の海外作家作品だけではなく日本の近代洋画までコレクションを広げ、美術館は「常に生きて成長しなければならない」と語っている。こうした大原家の精神が、この地域独特の文化の基盤を形づくったのは間違いない。帰り際に振り返ると、どっしりと構えた建物が「私の成長を見に、またおいで」とでも言っているようだった。

岡山〈大原美術館〉児島虎次郎《和服を着たベルギーの少女》
本館にある児島虎次郎の《和服を着たベルギーの少女》。

近代化の負の遺産を
現代アートと建築で転換

岡山県南部にある宇野港から直島の宮浦港へはフェリーで20分。直島は香川県に属するが、高松港からよりも近い。この小さな島を今や世界的に知られるアートの島たらしめたのは、岡山出身の実業家・福武總一郎。ちなみにその名は大原總一郎からとられている。

直島は日本で初めて国立公園に指定された島の一つだが、日本の近代化のなかで環境負荷の高い企業が誘致され、特に高度成長期に大きなダメージを受けていた。それに憤りを感じた福武は、ただ否定するだけでも目を背けるでもなく、現代アートや建築によってポジティブにアプローチし、地域活性をしていったのだ。

香川県直島の宮浦港にある草間彌生の《赤かぼちゃ》
宮浦港で人々を迎える草間彌生の《赤かぼちゃ》。中に入れる。草間彌生《赤かぼちゃ》2006年 直島・宮浦港緑地

その基点となったのが、建築家・安藤忠雄の設計で1992年にオープンしたベネッセハウス ミュージアム。“泊まれる美術館”は今でこそ珍しくないが、30年前は他に類を見なかった。

「離島では、飲食や宿泊といった機能も含めた美術館は合理的ですよね」とは広報のステンランド由加里さん。確かに、交通手段が限られるなか、美術館から離れずに寝食できれば便利だし、よりじっくりアートを楽しめる。「一方で、国立公園であるため、自然の景観を崩してはならないという制約もあり、そこで新しい発想が生まれました」。ミュージアム棟の展示空間は大部分が地下にあり、地上の建物の周辺は植樹され、自然が覆うようなデザインとなっている。

2004年には同じく安藤が設計した地中美術館が開館。地下ゆえの暗さと開口部から注ぐ自然光による明るさとのコントラストが印象的だが、その特徴にもこの環境ならではの条件が関係している。
今春には杉本博司ギャラリー 時の回廊、安藤建築と草間彌生と小沢剛の作品からなるヴァレーギャラリーもオープン。離島でのポジティブなアプローチはまだまだ続いていく。

香川〈ベネッセアートサイト直島〉ヴァレーギャラリー内
祠をイメージした安藤建築内にもボールが多数。草間彌生《ナルシスの庭》1966/2022年 ヴァレーギャラリー ©YAYOI KUSAMA

ところで、この界隈で現代アートといえば、今年は『瀬戸内国際芸術祭』だけでなく、『岡山芸術交流』も注目すべきイベントだ。その総合プロデューサーを務める石川康晴は、大原、福武の文脈を強く意識した実業家である。

こうして見渡してみると、瀬戸内のアートシーンを支えてきた人々の先見の明や強い意志、熱い情熱を感じる。そしてその人々を熱くさせてきたアートの面白さを再認識させられる。今年の夏も暑くなるらしいが、彼らの思いや作品に触れに、また足を運びたい。