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西荻っ子・野村友里、西荻窪の酒場探訪 Vol.2〈鞍馬〉〈見晴料理店〉

生粋の西荻っ子を自称する野村友里さん。物心ついたときから30歳を過ぎるまで暮らした西荻窪は、今も「心のふるさと」と言ってはばからない。そんな野村さんが、久しぶりに西荻の酒場を探訪。懐かしい味も、新しい出会いも満載の時間に、ほろ酔いでご満悦です。「西荻っ子・野村友里、西荻窪の酒場探訪 Vol.1」も読む

Photo: Kiichi Fukuda / Text: Kei Sasaki

自家製粉石臼挽きの先駆
昼から“飲みたくなる”蕎麦店

思い出の酒場で弾みをつけて、2軒目は昼営業のみの蕎麦屋〈鞍馬〉に駆け込む。こちらも20代からのお付き合い。蕎麦好きが遠方からも足を運ぶ、西荻窪きっての名店だ。

土曜の午後4時過ぎ。昼食には遅く、夕食には早い時間だが、店内は程よく混み合っている。「ここでは、日本酒よね」と、冷やでおいしい純米吟醸を注文し、季節のつまみが書かれた品書きを手に取った。周りをぐるりと見渡すと、ほぼすべてのテーブルにビールの瓶やお銚子が出ている。店内の空気は完全に酒場だ。

野村友里、西荻窪の酒場探訪
最初に冷酒を、それから季節のおつまみをチェックするのが常だと話す。嬉しそうな顔。

店主、吹田政己さんも、西荻生まれの西荻育ち。家業の酒屋を継ぐことになったとき、飲食店をやろうと蕎麦屋を始めた。1985年のことだ。

当初はいわゆる“機械打ち”の蕎麦にうどん、ご飯ものなんかもある、町の蕎麦屋だったが、そのうちに「もっときちんと、おいしい蕎麦を出したい」と考え、山梨に〈翁〉高橋邦弘さんを訪ねた。江戸の蕎麦文化を復興させた〈一茶庵〉片倉康雄の直弟子で、のちに石臼での自家製粉を広めた“名人”と呼ばれる職人だ。

「そこから山梨に通い始めたんです。店の定休日を使って、週に1度。2年後から自家製粉の蕎麦粉を使った手打ち蕎麦を始めた。当時、製粉から手がける店は、東京にもほかに一軒しかなかったと思います。最初は二八で、十割を出すまでに8年かかった」と、吹田さん。

大の蕎麦好きを自称する野村さんが、蕎麦のおいしさに目覚めたのは、まさにその高橋さんとの出会いだったという。「高校生の頃、ご縁があって蕎麦を打つところを見せていただき、人生初の蕎麦がきをいただいて。なんておいしい食べ物なの、って」

生麩の天ぷらをつまんでは、酒をちびちび飲みながら話してくれた。西荻窪に暮らしていた当時、〈鞍馬〉に通うようになったのは、ごく自然の流れと言える。

冷酒は半合から注文可
つまみから器まで細やか

ハモとミョウガの天ぷらも運ばれてきた。「名残のハモに、秋ミョウガ。季節の出会いの皿がとても好きなんだけれど、夏と秋の皿は特にキュンとしちゃって。カレー塩でいただくと、とたんにハイカラな味になる。生麩の天ぷらの塩には蕎麦粉が入っていたり、何もかも細やかなんですよね」

酒は12種と、蕎麦屋にしては大充実の品揃え。しかもすべて半合から注文できる。聞けば今や入手困難となった青森の地酒「田酒」の〈西田酒造店〉は親戚筋なのだとか。かえしを使ったわさび漬けや鴨ネギなど、蕎麦屋ならではのつまみはもちろん、季節の味もいろいろ。品書きに食材の産地や調味料の製造元がさりげなく書き添えてある。確かに、すべてにおいて細やか。

「どうせなら、仕事、面白い方がいいでしょう」と、吹田さん。〈鞍馬〉では、冷たい蕎麦をざるではなく、木の箱に盛って出す。「人と同じじゃ、つまらない」と、木曽漆器の職人に依頼して作ったもので、今や店のシンボルになっている。

野村さんももちろん、名物、甘皮つきの「箱盛り蕎麦」で〆る。「うんうん、この味、この香り」と、ご満悦だ。

吟味された酒と手間暇かけたつまみが揃う昼酒に打ってつけの蕎麦店。蕎麦は持ち帰り用も販売している。

献立は日替わりで20種
手間とセンスを感じる一品料理

2軒をハシゴして、午後5時を過ぎたところ。9月の夕空はまだ明るい。腹ごなしと酔い覚ましに、少し町を歩く。「チェーン店の看板が少ないだけでほっとしちゃう。西荻窪は、個の商いが生きた町。飲食店も雑貨やインテリアショップにしても、店主の個性がくっきりと店に出ていて、共感する人たちと強く結び付いているんですよね」

まずは目で、じっくり季節を味わうところから。店主の小山さんとの会話も楽しんだ。

午後6時、開店一番を狙って〈見晴料理店〉を初訪問。ご主人は、同じ西荻窪で野村さんが絶大な信頼を置く〈たべごと屋のらぼう〉出身の小山賢一郎さんで、店の評判は開業時から聞いていた。

カウンターに座り、爽やかな香りがするおしぼりにまたキュンとしながらメニューに目を走らせる。「私きっとここが好きだわ」と、まだ何も頼まないうちから。水ナスと桃のコンポート、サトイモのとも和え、落花生とベーコンのかき揚げ。旬の野菜や果物が主役の献立は、確かに酒飲みのツボを突きながら、どこかセンスを感じさせるものばかりだ。

“好き”が詰まった空間で
季節を皿にのせて

「この器は二階堂(明弘)さんのですよね? あの壁の絵は……?」店内をきょろきょろ見回しながら、子供のように小山さんへの質問が止まらない。が、前菜が出されると、目線は皿の上でぴたりと止まった。

「わっ」と、小さな歓声さえ漏れた。「吹き寄せです」という説明に「うん、うん」と被せ気味に頷く。何を隠そう吹き寄せというものが大好きなのだ。和菓子の吹き寄せから着想を得た「和心缶」という缶入りのクッキーを〈eatrip〉で作っているほど。「自分も店をやっていて思うのですが、最初の一品は店からの挨拶、お便り。そこにきちんと“季語”がある。素敵だなあ、って」

ハーフボトルをオーダーした京都〈丹波ワイン〉の「てぐみ 微発泡」とともに、じっくり味わう。酎ハイ、日本酒と来て、そろそろワインが飲みたかったのだ。店で扱うワインは、新潟〈胎内高原ワイナリー〉のものとこの「てぐみ」でほぼすべて。「何でもありますより、うちではこれを飲んで、という方が好き」と、また絶賛だ。

2品目はハモとマイタケのお椀。「ここにも夏の名残と秋の訪れが。忙しさと残暑の厳しさに季節を忘れがちになるけれど、ちゃんと秋が始まりつつあるんですね」

小山さんは多くを語らないけれど、内に秘めた強い何かを感じさせる人だ。一見、混沌としたしつらえにも、遊びを感じさせる味にも、ぴしっと一本筋が通っている。それは野村さんの感性や価値観とも響き合う。古いもの、時間とともに艶を増すものを愛し、食と同じように音楽やアートといったカルチャーを語る。「食べる」の根底に、命を見るまなざしも。

「自分の好きなものを柱にするか、ゲストに合わせるか。お店にもいろいろあるけれど、私は前者が好き。食事の数時間を旅のように感じられるのは、その人にしか作れない世界に触れられるから」
小山さんに再訪を約束して、店を後にする。「とっても西荻らしい店」という最大の賛辞を残して。

〈たべごと屋のらぼう〉で9年働いた小山賢一郎さんの店。2014年開業。店名は、栃木県の実家の釣り堀店の名から。