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西荻っ子・野村友里、西荻窪の酒場探訪 Vol.1〈やきとり戎 西荻南口店〉

生粋の西荻っ子を自称する野村友里さん。物心ついたときから30歳を過ぎるまで暮らした西荻窪は、今も「心のふるさと」と言ってはばからない。そんな野村さんが、久しぶりに西荻の酒場を探訪。懐かしい味も、新しい出会いも満載の時間に、ほろ酔いでご満悦です。

Photo: Kiichi Fukuda / Text: Kei Sasaki

酒場タウン西荻窪のシンボル
改札からすぐ、昼酒OKのパラダイス

駅の南口を出て、わずか数歩進めば昭和の面影を残す横丁の入口に辿り着く。ぎゅぎゅっと小さな店が並び、昼から焼き鳥の煙がいい香りを漂わせている。「西荻、久しぶり!」と、野村さんが駆けださんばかりの勢いで向かったのは、町のランドマークともいえる〈やきとり戎 西荻南口店〉だ。

満面の笑みで焼き鳥を頬張る野村さん
駅改札から徒歩1分圏内に、昭和の面影をまんま残した飲み屋街がある奇跡の町・西荻窪。明るいうちからすだちハイを手に、満面の笑みで焼き鳥を頬張る野村さん。

午後2時30分。ラッキーなことに通りに面した焼き台の前の席が空いていた。椅子に腰かけるや否や「すだちハイください!」と、注文し、メニューをざっと見て、砂肝につる(のど肉)、ささみねぎまなど串を4、5本、「あと、イワシコロッケもお願いします」と、食べたいものを一通りお願いする。生のスダチを使った酎ハイをぷはーっとやる。もくもくの煙に包まれて、たいそう幸せそうだ。

昭和48(1973)年の創業時は、女人禁制の豚もつ焼き店だった。酒もビールと清酒、焼酎のみ。後に焼き鳥が加わり、少しずつ町に開かれ、すぐに繁盛店に。お隣やお向かいに店舗を広げ、今や一帯が“戎通り”と呼ばれるまでに。

開店は午前11時。瓶ビールがどぶづけでキンキンに冷やされ、ビールケースに板を載せた“テラス席”がセットされる。何十年も続く店の営みが、町の欠くべからざる景色になっているのだ。

お小遣いを握りしめて来た大学時代の思い出の味。

「アルバイトもせずテニスに明け暮れていた大学時代、たまに来るのが楽しみだった店。安くておいしくて、お小遣いで食べ盛りの胃袋を十分満たしてくれる。それに、いつもいい活気にあふれていて」

野村さんが大衆酒場とは、ちょっと意外な気もするが「酒場に関しては、英才教育を受けて育ったようなものよ」と、箸休めのキャベツをぽりぽりとかじりながら、ドヤ顔気味で言う。父親も祖父も大の酒好き。幼い頃から料理屋にも、酒場にもよく連れられて出かけたのだという。

懐かしそうに話しながら、飲んで食べる勢いは止まらない。ピーマンの肉詰めを食べ終えるや、「鶏なんこつ、塩で!」と追加オーダー。最初に頼んでいたイワシコロッケも出てきた。「これもハズせないのよ~」と、にんまり。自家製タルタルソースがたっぷり、コロッケの具をイワシで挟んで揚げたそれは、店の名物の一つだ。

創業時から「正々堂々、手作り」が身上。モツは芝浦の市場から、今は豊洲で旬の魚や野菜も仕入れ、もつ焼きや煮込みに加え、魚介や野菜の一品、洋風メニューも揃う。自社輸入のイベリコ生ハムまで。それでも店の雰囲気が変わらないのは、15年以上のベテランスタッフが店に立ち続けているから。

「昔も今も安くておいしくて、お客さんみんなが楽しそう。西荻といって真っ先に思い出す景色です」再開発の話が浮上しては見送られ、奇跡的に遺された酒場の文化遺産的景観。この場を愛する人の思いに支えられ、今日も現役で歴史の一ページを重ねている。

酎ハイは生の果実で、福島県の〈大和川酒造〉に依頼した「戎」ラベルのオリジナル日本酒もありと、酒も「正々堂々」クオリティ。西荻北口店もある。