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東京下町で朝酒のすすめ。〈アヒルストア〉店主・齊藤輝彦が案内

東京の下町には、朝から営業している酒場がある。街場の酒場をこよなく愛する〈アヒルストア〉店主の齊藤輝彦さんが、馴染みのルートを案内してくれた。そこには、彼の原点と、酒場への深い畏敬の念が隠されていた。

photo: Kiichi Fukuda / illustration: Kanta Yokoyama / text: Chisa Nishinoiri

口開けの清らかな酒場の空気を求めて、
僕が朝から酒場を巡る理由。

別に朝から飲んだくれたいわけでないんですよ。朝早く起きるのは正直、ツラい。でも、行きたい酒場に確実に入れる時間を目指すと、思いのほか開店が早くて必然的に朝になっちゃうんですよ。僕は口開けの店が好きなんです。口開けの魅力は、神聖さとでも言うのかな。開店したての店には淀んだ気が溜まる前の清らかさがありますしね。

例えば赤羽なら、人気店の〈まるます家〉さんの口開けを狙いたいから集合は9時くらい。〈丸健水産〉とのハシゴが鉄板で、長居はせずに王子駅に移動。駅前にある立ち飲みのおでん屋さんは穴場で、おでんとレモンサワーをやりながら次の展開を考える。1駅戻って東十条か、元気があれば南千住まで足を延ばすか、気分次第。

その前後で、酔い覚ましに王子神社にお参り。朝から飲み歩く時はこの休憩を挟むのがポイントで、神社、銭湯、喫茶店、都電に乗るのも旅情が出ていい。朝酒の良いところは、夕方にはすっかり出来上がって家に帰っていて、なんなら昼寝を挟んで、夜は近所の焼き鳥屋さんで冷酒で再スタート。すると1日が2度楽しめちゃうんです。

横山寛多 イラスト

思い返せば、〈アヒルストア〉を始める前からどんな店にしたいかずっと考えていて、下町の酒場は研究対象でしたね。

スペインにはバル、イタリアにはバールがあって、一日に何度でも馴染みの店に立ち寄る文化があるのに、どうして僕らの国の飲食店にはその身近さがないんだろう……と憂えてた頃に、偶然『下町酒場巡礼』という本に出会ったんです。もしかして東京の下町にはあるのかも⁉と嬉しくなり、この本を頼りに酒場を片っ端から巡礼した。

さりげなくカウンターの幅を指で測ったりして、人間工学的には7人だけど酒場理論だと11人入れるんだ!と生の情報に触れたり、赤羽の〈まるます家〉や立石の〈宇ち多゛〉に初めて行った時の、すごい体験したぞ!っていう興奮は今でも忘れない。初めての〈宇ち多゛〉ではモツ焼きの頼み方がわからなくて煮込みを2皿食べてお会計(笑)。

でも通ううちに、少しずつ地元のおじさんたちに巻き込まれていって、「ウチはこういう空気でやります。客の勝手にはさせないよ」っていう酒場の美学みたいなものを学ばせてもらった。僕が敬愛する下町の酒場には、鬼気迫るほどの強い意志がある。その美意識を愛でたいがために、僕は酒場を巡るのだと思う。

横山寛多 イラスト