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滋賀県の和菓子店〈茶菓 山川〉。水と土と人が育む、美味しいあんこのテロワール

滋賀の名水の郷に、自身の手で育てた小豆を使い、あんこを炊く和菓子店がある。究極ともいえる夢を実現させた店主が作る和菓子は、途方もない手間暇と、深い地元愛が詰まった"地産の味"。晴れた冬の午後、収穫真っ盛りの小豆畑を訪ねた。

Photo: Kunihiro Fukumori / Text: Yoko Fujimori

滋賀は大津市の中心地、ナカマチ商店街にある小さな和菓子店〈茶菓 山川〉。店主の山川誠さんは、地元の老舗和菓子店で三十余年、研鑽を積んだ和菓子職人。2017年に独立し、満を持して店を開いた。

この店がちょっと特別なのは、つぶあんの原料となる大納言小豆を、畑で一から育てていること。素材への探究心から、米を栽培する煎餅店は稀に見かけるけれど、小豆から育てる和菓子職人はかなり珍しい。

〈茶果 山川〉の代表作「餅小豆」
その名の通り、餅と小豆のおいしさが詰まった店の代表作「餅小豆」。つきたての羽二重餅は、皿に置くと自らの重みでとろんと裾を広げるほどに、繊細で柔らかい。¥270。

「菓子屋の職人は自分も含め、小豆のことをあれこれ講釈しますけど、一から十まで豆を知ってるかというと、なかなかそうではない思うんです。それで、いっぺん自分で全部やってみようと。今から10年ほど前に、種豆から植えて育て始めました」

せっかく地元・滋賀で長く職人をしているのだから、もっと地元素材を使い、自分の手でお客に届けたい。そんな気持ちが芽生えたという。当時、妻の由美子さんが農業を学び始めたこともきっかけとなった。畑は店のある大津市から琵琶湖沿いに車で1時間半ほどの湖西地区・高島市。山川さんの故郷であり、名水の郷として知られる土地だ。

「近所のおばあちゃんにもらった大納言小豆の種を植えたらうまく育ったので、毎年少しずつ畑を広げて収穫量を増やしていったんです。地元の人と農作物を作りたい、という思いもありました。小豆作りが地域活性にも繋がればと」

創業時から店のつぶあんはすべて、店主が愛情を込めて“高島大納言”と呼ぶこの小豆で作られている。畑は農薬不使用で、下草もあえて刈り取らず、虫や雑草と共存させながらたくましく育てる。比良山系の伏流水が湧き出る肥沃な土地は、畑の土も養分を蓄えてふかふか。この畑できちんと完熟させて収穫するのが、店主の何よりのこだわりだ。

「高島大納言の特徴は、大粒で皮が薄く、瑞々しくて香り豊かな点。莢の中で完熟させた方が、渋味などの雑味が少なくなります。薄い皮でもヨレたり破れたりせず、ふっくらと美しく炊けるのも完熟だからこそ」

収穫後は、天日干しと選別の作業。これは主に、山川さんと農業仲間の友人の、2人の母上の作業。日当たりの良い作業場で4〜5日干し、莢が乾いたら小豆を取り出す。欠損豆や未成熟豆、入り込んだ雑草や小石を手作業で一つ一つ取り除き、これを3度、4度と繰り返す。それにしても、何という手間暇だろう。

選別作業中のお母さんたち
談笑しながら選別作業中のお母さんたち。「こんだけ笑ろたら今日はよう眠れますわー」

「小豆の種を植えて、育て、収穫まで全部やりますから、小豆への思いはそりゃあ言葉にできないほど。一粒たりとも無駄にできません」

こうして手塩にかけた“粒より”の高島大納言は、いよいよ厨房へ。土鍋を使い、高島市〈正傳寺〉の境内で汲んだ清らかな湧き水で炊く。

「色々試して、陶器の土鍋で炊くとふっくら膨らむことに気づきました。〈正傳寺〉の薬水は甘くて軟らかく、うちの小豆と相性が良かった。30年やっても学ぶことばかりです」

蜜漬け(砂糖水に浸け一晩置く作業)までを土鍋で行い、最後は赤がま(銅鍋)に移して一気に水気を飛ばし、艶やかなつぶあんに仕上げる。この極上のつぶあんを存分に味わえるのが、滋賀県産もち米を練り上げた羽二重餅で包んだ看板商品の「餅小豆」。

茶道を学び、上生菓子を得意とする山川さんが「茶席菓子にもなるように」と考案した、品の良い塩豆大福だ。生地の柔らかさに心奪われながら頰張ると、高島大納言の皮の香りが立ちのぼり、豆の旨味がじんわりと広がっていく。確かに、味わいは瑞々しく、皮の舌触りは薄く軽やか。滋味と呼ぶにふさわしい、沁み入るような味わいだ。

滋賀の水と土で丹念に育てた小豆で作る、風土(=テロワール)を伝えるあんこ。山川さんが「今、自分が故郷でできる最良の形」と語っていた菓子作りは、原初的でいて、和菓子の一つの未来を感じさせるのだ。