大切なのはスタイルではなく、感情や体験の集積に根を下ろすこと。
誰と、どこで、何をして生きていくのか。アーキペラゴの小菅庸喜さんは27歳のときに、それを、とことん考えた。妻の絵里奈さんと結婚して一番大切な「誰と」は決まり、さて次は「どこ」で「何を」。
当時2人は大阪在住。セレクトショップでブランドプランナーとバイイングの仕事をしていた。それも充実していたが、もっと自分たちらしい場所はどこか。いざ始まった「場所探し」は長かった。
望むイメージは、落葉広葉樹林があって、山が明るく、その土地の風土丸ごと好きになれるような場所。日本地図を広げて、信州かな、九州かな、と休みのたびに目星をつけて見て回り、探し始めてから5年後の2015年に、ここ丹波篠山(たんばささやま)に移住した。
「じゃあ篠山で何をして生きていくか、ってことになるのですが、僕らができるのは、やっぱり店だろう、と。地方でセレクトショップがやりたくて来たんですよね、ってよく言われるけど、順番は逆で、まず住む場所を決め、店の場所もやり方も決めていきました」
家は、1940年代後半に建てられたと思われる木造の民家で、知人の内装デザイナーと建築家の協力を得て、リノベーションをした。
元農家にしては小ぶりな瓦屋根の母屋に、洋風の応接室がくっついている可愛らしい建物で、空家になっていたこの家を初めて訪れたとき、土間の玄関から真っすぐに庭が見えること、ダイニングから田んぼや里山が見通せること、その2つの「軸線の明確さと抜けの良さ」が気に入ったという。
リノベーションは家族が暮らすのに必要な部分のみを集中して行い、縁側や和室、応接室などはほとんど手を入れずそのまま残した。理由は予算との兼ね合いだ。
「和洋折衷の古民家再生、みたいな“スタイル”を目指したわけじゃないんです。何かに倣ったり装ったり、型に当てはめて眺めるようなスタイルを追いかけるのは意味がない。それは、尊敬していた〈スターネット〉の馬場浩史さんから学んだことでもあります。簡単なことではないけれど、でも、僕たちは僕たちなりに、選んだ場所に向き合い、感情とか日々の体験とか、もっと人間味のある喜びに根を下ろして暮らしの場をつくっていきたいと思っています」