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デンマークの名建築に魅せられて。80年代の集合住宅をリノベーション

朝目覚め、ベッドで日の光に包まれる。手間をかけてランチを作り、丁寧に淹れたコーヒーで小休止。家にいる時間は最高の贅沢だ。リビング、キッチン、ベッドルーム、レコードや本、家具と道具、住む場所と機能。いつもより長く家にいられるのだから、家について、ライフスタイルについて考えてみる。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Masae Wako

近代建築の「普遍的な美しさ」とともに暮らしたかった。

「ちょっと洒落ていて裕福な居住空間。子供の頃の僕は、当時まだ少なかった集合住宅にそんなイメージを抱いていたんです。自分が家族を持った今、現在の住まいを選んだのは、その憧れが続いていたからかもしれません」

そう話すのは新聞社に勤める尾本起隆さん。福岡県中央区に立つマンションの一室を購入し、フルリノベーションして暮らしている。建物の竣工は1986年で、設計は70年代から数多くの共同住宅を手がけてきた遠藤剛生。幾何学デザインを多用したマッシブな外観が印象的だ。

リノベーション リビング
1986年に竣工した集合住宅の、最上階を購入してリノベーション。屋根の傾斜と天井の高さを生かしたのびやかなリビングが完成した。右奥は寝室、左奥はL字形のソファを造り付けたコーナー。手前の黒いフロアランプは、フランス〈jieldé〉社製。
尾本家 リビング
LAの〈イームズハウス〉のように、リビングの一角にデイベッドにもなるソファを造り付けた。広い空間に、一人で過ごせる小さなスペースがあるのが心地いい。
ダイニングとその奥のキッチン
ダイニングとその奥のキッチンを見る。白壁に四角い窓を開けたデザインは、ヨーン・ウツソンが手がけた集合住宅の名作〈キンゴーハウス〉に倣った。床の白い陶タイルは〈イームズハウス〉がイメージソース。


部屋に入ると、その個性的な外観が室内空間にも反映されていることがすぐわかる。例えば三角形の天井の、突き抜けるような気持ちよさといったら。最上階のテラスから見渡す町の景色も、集合住宅ならではの楽しみだろう。
改装にあたって尾本さんが理想としたのは、デンマークの集合住宅〈キンゴーハウス〉。シドニーのオペラハウスで知られるヨーン・ウツソンが1957~61年に設計した名建築だ。傾斜のある天井に白い壁。タイル張りのリビングの外には大きな庭が広がって。

「あの雰囲気が、家づくりのベースになりました。ダイニングの白い壁に四角い窓を開けているのも、キンゴーハウスのイメージですね」


尾本家 壁
片側の壁一面がモルタル塗装の主寝室。正面の壁の向こう側が、造り付けソファのあるコーナー。四角く切り取った窓からは、外の景色も楽しめる。「適度に開放的で、適度にこもれるのが心地いい」と尾本さん。

そんな尾本さんの思いを汲み取りながら改装を手がけたのは、〈Spumoni design studio〉の有吉祐人さん。リビングから寝室まで、仕切りなく、あるいは四角い窓によって、空間がゆるやかに繋がるプランを考えた。完成したのは、視線にも動線にも行き止まりがない、風通しのいい住まい。リビングの奥には小さなソファも造り付けた。穏やかな光の中で本を読んだり昼寝したりできる、2畳ほどのコージーコーナーだ。

「有吉さんがつくる空間は、抜け感とこもり感のバランスが絶妙です。何よりうれしいのは、流行り廃りではない普遍的な美しさが感じられること。長く憧れていた空間に暮らす喜びを感じています」

尾本家 テラス
リビングの外に広がるテラスからは、緑豊かな景色を一望できる。ブロックを積み上げた壁はオリジナルのまま。設計者の遠藤剛生は、伊東豊雄や安藤忠雄らとともに「花の16年(昭和16年生まれ)」と呼ばれる建築家の一人。