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“ほぼ倉庫”だった古いビルをヘアサロン&自宅にリノベーション

朝目覚め、ベッドで日の光に包まれる。手間をかけてランチを作り、丁寧に淹れたコーヒーで小休止。家にいる時間は最高の贅沢だ。リビング、キッチン、ベッドルーム、レコードや本、家具と道具、住む場所と機能。いつもより長く家にいられるのだから、家について、ライフスタイルについて考えてみる。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Masae Wako

コンクリートの「頼れるハコ」が、名作家具も自作の小屋も受け止める

1966年竣工のビルを改装し、1階をヘアサロン、2階を住居とした。外壁の店名ロゴは、1920年代に機能主義的デザインを提案したドイツの学校〈バウハウス〉風。店主が長年憧れる美術学校へのオマージュ。

1階はビートルズとミッドセンチュリーの家具が似合うヘアサロン。コンクリートの階段で2階住居へ上がると、3m超えの天井を持つラウンジが現れる。靴のまま過ごせるモルタル床の空間には、イームズのヴィンテージ家具や柳宗理のスツールなど名作が勢揃い。デザイン好きなことが一目で伝わってくるけれど、住人の楢原一雄さんはきっぱりとこう話す。

「大切なのはハコ。オンオフのない職住一体空間で、個々のインテリアが主張しすぎると疲れてしまう。好きな家具を楽しみながらも、気負わず気持ちよく働いて暮らすには、ハコそのものの力強さや包容力が必要だと思うんです」

住居スペース
倉庫だった空間を改装した2階住居。階段を上がってすぐのスペースを、家族も来客もくつろげる屋内テラス風のラウンジにした。通りに面した大窓は上半分がオリジナル。その下は古い窓枠に合わせて新設したもの。
ヘアサロン
1階はヘアサロン。力強い躯体を生かしつつ、木の天井や壁面収納で温かな雰囲気もプラスした。鏡台など鉄製の什器はオリジナル。道具を収めるワゴンは昭和40~50年代の日本製。左に見える階段で2階住居へ。

福岡県久留米市にある〈BALL HAIR〉店主の楢原さんが、築43年、ワンフロア約200㎡のビルに出会ったのは12年前。当時は公民館として使われ、2階はボロボロの倉庫状態。水回り設備もなかったが、見てすぐ心を掴(つか)まれた。

「いい具合に齢を重ねたコンクリート壁の表情や、ガッチリ骨太な階段の手すりに惹かれました。僕、ロンドンの〈テート・モダン〉に憧れているんですけど、ああいう発電所や工場を大胆に改装した空間に、ここなら近づけるかも……とワクワクしたのを覚えています」

階段
このビルを選ぶ決め手になった階段室。写真は2階から屋上階へ上がる部分。階段幅の広さを利用したオープンシェルフは楢原さん作。木と鉄を組み合わせた階段の手すりとも呼応する。アナログレコードを収納。

最初は1階だけを借りて店舗にしていたが、2年後に2階も借りることを決意。家族4人が暮らす居住空間に改装した。さらに、「もっと“自分相応”にしたいと思って、3年前にビルごと購入。屋上に小屋も建てました。元が商用ビルだから、柱の太さも天井の高さも住宅用のそれとはスケールが違うんです。20~30代の頃に夢中で集めたミッドセンチュリーの家具も、奥さんが好きな木のテイストも、ヘアサロンの昭和レトロな什器(じゅうき)も、全部引き受ける懐の深さがある。職住一緒の舞台をつくるハコとしては最適でした」。

1階の店舗、階段、2階ラウンジの間にはあえて仕切りを付けなかった。2階にいると、階下から音楽や人の声が聞こえてきて、そのざわめきがまた心地いい。

「もちろん一人になりたい時もある。そんな時は屋上にこもります。小屋で読書するのもいいし、テントを張ってキャンプしてもいい。一棟リノベならではの贅沢です」

ベッドルーム
壁を漆喰塗装した主寝室。ベッドは既製の土台にフレームやヘッドを自分で付けたもの。サイドチェストも自作。白い円筒形の収納は、カルテル社の名作「コンポニビリ」。1960~70年代にイタリアで活躍したアンナ・カステッリ・フェリエーリの作。
屋上
屋上。屋内とつながる正面の鉄製ドアは、褪(あ)せたような水色に塗装した。「ついでに取り付けた木製の枠」が、小さな窓のようでもあり額装されたアートのようでもあり。木製のテーブルやベンチも楢原さんの作。
洗面スペース
元は水回り設備のなかった2階に新設した洗面スペース。カウンターや水栓を工務店に整えてもらった後、楢原さんが木材を買ってきて扉や棚を造り付けた。木を使った温かみのあるテイストは妻の加奈子さん好み。